【文スト】だから、終止符を打つ【太宰治】

色褪せない記憶と偽物 五 ページ36

肩の上にのしかかっていた重石が一気に降りたような安堵感で、わたしは思わず屈み込みそうになる。


膝と唇は小刻みに震えたままで、止まらない。


まだ恐怖の残滓があって、わたしは自分の横を通り過ぎて捕虜に歩み寄っていく太宰幹部に、何か云うことはできなかった。



「この捕虜は君に任せよう、Aさん。まあ元から君に託そうと思って、君をここに呼んだんだけどね」


「御心のままに」


「他人行儀だなあ」



肩を竦めた太宰幹部が、不意にこちらを振り返る。


目を細めたわたしをよそに、彼は黒服の構成員に「彼女を医務室に」と命じた。



「は、はい！ と、徳田幹部補佐、こちらに……」


「結構。一人で行けます」



手を差し伸べてきた部下の手を払い、わたしは一人でさっさと出口へと向かう。


太宰幹部の命令で動いた部下は、わたしに拒否されたことが意外だったようで(当然だ)、当惑している。


だが、今のわたしの精神状態では、誰かと一緒に医務室に向かうことは考えられなかった。


わたしは振り返りもせず、収監房を出て階段を上がっていった。


いわく、



「っひ、怖かったぁぁー……」



地上に上がったその瞬間に、あまりの恐怖に腰を抜かしてまうと思ったからだ。




＿＿＿＿医務室での治療は少しだけ時間が掛かった。


縫うまでのものではなかったが、存外傷が深かったために、手当に手間取ったのだ。



「徳田幹部補佐、終わりました。……あの、徳田幹部補佐？」


「あっ、はい。ありがとうございます」


「だ、大丈夫ですか？ 血を流しすぎたにしてもお顔の色が悪いように思えます。それにずっと上の空でいらっしゃいましたし」


「へ、平気です。あの、少しベッドを使わせていただいても？」


「ええ、勿論です。ごゆっくり」



少し笑んで医務室を出ていく女性医師に会釈する。


ああ、この怪我のこときっと首領に知らされるんだろうな……。胃が痛い。



誰もいなくなった医務室で、わたしはベッドに潜り込む。


一人になったらいきなり恐怖がぶり返してきて、わたしは大きくため息をついた。


瞳がみるみるうちに潤んできて、ぼろぼろと涙が零れてくる。



「う、ああ……怖かったぁぁ……」



なんなんだもう本当に、わたし、如何してあんなふうに芥川君庇ったんだろう。めっちゃ怖かったよ！


止まってくれない涙をごしごし擦っていると、突如ばたんと扉が開いた。



「……何が怖かったんだい？」

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