桜前線 1【GO】 (ページ44)

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44　GO世界 » 現実ページ44

目が覚めると、そこは職場だった。しばらく現実を認識できずに固まっていると、机の上にドサッと書類が置かれた。

「これやっといて」

目の前に置かれたのが会議の資料だと理解できるまで数分かかった。あれ、私なんでここにいるんだっけ。私、神童邸で優雅にジャグジーに入ってた筈なんだけど。背筋が凍る。いつもルーティーンのようにしていたホッチキス止めの作業も、今ではどうやるかすら忘れている。必死に頭を働かせてページを捲るけど、思考停止してなかなかホッチキスを握れない。手に汗を握る。徐々に現実の記憶が鮮明に蘇ってくる。隣のデスクの同期が必死に電話対応している声が背景に聞こえてくる。誰かから監視されている気分になる。自分だけがこの世界から浮き彫りになる感覚。まるで7色のキャンディーが溶けていって、色が混ざり合うように、世界がぐにゃりと歪んでいく。

「...大丈夫？すごい顔してるけど」

インストラクターに声をかけられて、ようやく我に返った。他の同期たちも業務に追われてすごい形相だろうに、それを超える顔をしていたのだろうか。私は。

「す、すみません。ボーっとしてました」
「体調悪いなら帰っていいよ」
「え...」

見放された。そう思った。絶句して固まる。涙が出てきた。でも、泣いちゃダメだ。職場で泣くなんて絶対やっちゃいけない。ダメだ、ダメだ。なんでこんなに簡単に泣いちゃうんだろう。本当弱いな。私って。ぐっと喉に力を入れて息を止める。みんなの前では泣きたくない。私は弱くない。弱くないんだ。社会人として、泣くなんてのはご法度だ。

「いや。責めてる訳じゃなくて。最近働き詰めだっただろ」

心配した顔が、心配した顔だと認識できるまで時間がかかった。てっきり呆れられたのかと思っていたけど、そうじゃなかった。その瞬間、世界に彩りが戻った。

「大丈夫です。気持ち切り替えて頑張ります。すみません」

ほっと安堵したら、気持ちが楽になってきた。ホッチキス片手に事務作業を再開した。