桜前線 1【GO】 (ページ5)

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5　フォルテシモの喪失ページ5

翌日の日曜日の昼間、青ざめた表情の神童くんが帰ってきた。手にはサッカーボール。

「フォルテシモが、...」

あまりに思い詰めた顔をしていたので、調理の手を止めて話を聞くことに。出るはずの必殺技が出せなくなったという。ちょうど完成したオムライスを食べて終えた後、事実確認のため河川敷に向かうことにした。神童くんは必殺技のイメージを身振り手振りで表現しながら説明した。

「フォルテシモは、クラシックのように繊細で大胆なイメージで打つんです。いつもならボールの周りに譜面の輪が出てくるはずなんですが...」
「うーん。そんな超常現象みたいなこと、起こるかなあ。だって、サッカーでしょ？」
「いえ、サッカーだからです」
「ええ？そうなの？」

なにか根本的に前提の違いがある気がする。彼の思うサッカーと、私の思うサッカーが違うような。そんなぼやけた感想をもちながら、近くでサッカーをしている子供達を一緒に眺めた。

「フォルテシモか。そういう名前の必殺技があるんだ」
「はい」
「神童くんがフォルテシモなら、私はピアニシモの必殺技を作ってみようかな」
「それは威力が弱いんじゃ...」
「あっ、そういうことなの？強い威力のシュートだから、フォルテシモ？」
「そうですね」

足元でサッカーボールを転がしながら、橋脚にもたれかかる。サッカーの技名が音楽用語なんて面白い。

「神童くんはピアノもしてるんだっけ？私も小さい頃やってたよ」
「えっ、Aさんもピアノやってたんですか？」
「うん。バタバタ弾きが中々直らなくてさあ。苦労したよ」
「弾く時は猫の手！ですよね」
「そうそう！」

それから、神童くんとの同居生活は続いた。心を開いてくれたようで、些細なことでも話しかけてくれるようになった。自宅と職場の単調な往復の日々が一転し、毎日に希望がもてるようになった。営業成績も好転し、インストラクターから褒められた。月日が経ち、ある日職場の給湯室に入ると、凄まじい頭痛が襲った。

「ウ...」

視界が徐々に暗転していく。声を出す余裕もなく、そのまま倒れ込むようにして脱力し、意識を失った。