81 悲しい昔話 ページ34
「天馬くん〜、そろそろ晩ご飯だって」
「わかりました！」
崖を懸命に登っている天馬くん。そんな彼をシュウくんと共に見上げていた。
「高いなー。私だったらこんな高いところ、落ちたら怖くて登れないや」
「天馬なら大丈夫さ」
このシュウという少年、天馬くんに万が一のことがあったら普通に受け止めそう。安心感のある強者オーラを感じる。
「この島には慣れたかい」
「ちょっとは慣れたよ。今はサンドボードの特訓をしてるんだ」
「へえ。それはいいね」
「この島のお地蔵さんは神様って聞いたけど、本当？」
「神様は言い過ぎだけど...この島にはサッカーに似た競技があって、昔は大切なことはこいつで決めていたんだ」
彼は愛しげな手つきでサッカーボールを撫でた。その目はとても悲しそうだった。彼は昔の物語を教えてくれた。悲しいお話だった。旱魃から村を救うために、生贄を決めるためにサッカーに似た競技をした。負けた方に所属する少女が生贄となる。ある少年は、妹を守りたいがために賄賂をしたが、バレてしまった。罰として、守りたかった妹は生贄にされてしまった。シュウはヤギをひと撫ですると、小さく涙を流した。彼の語りには強い感情が入っていた。昔話のはずなのに、どうしてそれほど悲しそうに話すのだろう。彼は続けて語った。サッカーというものはあくまで手段で、強さを示すものに他ならないと。
「サッカーは人を呪ったりしないよ」
「するさ。いや、もう手遅れだ」
「そうなのかな。俺、思ったんだ。さっきシュウが言っていた村の人たちも楽しいサッカーがやれると良かったのにって」
「強くないと意味がないんだ！」
ボールを蹴った後、彼の姿は忽然と消えた。残された私たちは拠点に向かって歩く。
「...あの物語に出てくる兄って、もしかしてシュウくんじゃないのかな」
「シュウが？まさかあ」
「んー、まあそうだよね」
シュウがヤギを見る目は遠かった。ヤギの方を向いているのに、ヤギを見ていなかった。シュウの心がぽっかりと空いているような、上の空のような。側で見ていて、そんな印象を受けた。
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作者名：充滞 | 作成日時：2024年1月19日 13時
