240メートルの誤算3【佐野玲於】

後悔 ページ4

＊



手に残るのは、Aの背中に向かって財布を投げた、あの感覚だけ。

…ああ、まずいな
俺、さっきなんて言った？


昨日の夜、Aがうちに来て
次の日も会う口実を作るために、こっそり抜いた財布。
そんなずるいことしたから、バチ当たった？

21時ごろ取り行くって言われたけど
仕事早く終わったから、俺、すぐ会いたくてさ
だからコレ持ってAんち行こうって

行かなきゃよかった
行かなきゃよかったんだ

昨日、手を繋いでふたりで歩いたまま、あの記憶のままでよかった。
アイス買って帰ったあの日のことを思い出しながら
横断歩道でつまずいたAを抱きしめて
ずっと、一生、このままでいたいって
なんならもう、いまここで轢かれてふたりで死んでもいいやって。俺本気で

手離すつもりなんてなかったのに。


どうする？
今からでも引き返して、やっぱ嘘だって抱きしめようか。
仕事も辞めさせて、もう二度と外に出られないように縛り付けて
俺の部屋で一緒に暮らそうって。


足を止めた。
いまここで引き返さなきゃ、もう二度とAに会えないかもしれない。
いや、きっとそうだ。
俺は芸能人で、あいつは一般人。
ばったり会ったりなんてこと絶対にない。ありえない。


分かってるのに、できなかった。

さっきの光景が
俺じゃないやつと一緒にいるあいつの姿が、頭に浮かんでしまって。

ほんとに勘弁してよ。なんでなんだよ。
俺、この4年間、ずっとお前のために…

なんて、そう思ってるなら、ちゃんと伝えればよかったんだ。




2年前
初めてAが、俺じゃないやつに心を動かした。

こんなに時間が経っても忘れない
吉川くんって、あいつ、そう呼んでた。

同じ大学の吉川くん
色んな相談のってもらってて
頻繁に連絡取り合って、電話までしてて
メシ誘われて行って
その帰り、手繋がれて

むかついた。
なんでって、なんで俺のAにって。
お前も勝手に触らせてんなよって。

でも、思ったんだよ
その時になるまで、俺はちっとも吉川くんの存在に気付けなかった。
分かりやすいAのことだから
たぶん、幾つもヒントは転がってたはずなのに。
それが悔しくてたまらなかった。
ずっと見てたつもりだったのにな。


…ああ、でも
もしかして俺ら、あの日に別れるべきだったのか。

そしたらこんなに、情けなく
みっともなくなることも、きっと無くて


別れたいと呟いたAの顔が
昨日のことのように、脳裏に浮かんだ。


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