お隣さん、四十四日目。 ページ47
転勤を言い渡された、翌日。
たまたま休みだった為、私はフジ君の部屋の呼び鈴を押した。
もうこれを押せるのも、ほんの数回……下手したら最後かもしれない。
でも、笑うんだA。
フジ君を悲しませちゃダメだ。
そう言い聞かせながら、彼が出てくるのを待った。
「お、Aちゃん。どうしたの？」
「フジ君……話があるんだけど」
「話っ？」
素っ頓狂に聞き返された後、『分かった、入って』と迎え入れられた。
もうここに来れないんだ、来週からは。
そう考えると辛かった。
「で、話って何？」
私を机の前に座らせたフジ君は、やがてお茶の入ったコップをふたつ持ってきて、机に置いた。
もう覚悟を決めよう。回りくどい言い方はしない。
「私ね、引っ越すことになったの」
「……え？」
理解出来ない、と言ったようにフジ君は私を見た。それはそうだろう、突然そんなことを言われれば誰だって困惑する。
「私、本社に異動することになったの。うちのグループの本社は関西にあってね、とてもここからじゃ通えないから、引っ越さないといけなくて」
フジ君と離れなくちゃいけないその事実から目を背けようと、私は平静を装って言った。
彼は暫く俯いた後、顔を上げた。
「……そっか」
たった一言。
それがどうしようもなく悲しく聞こえて。
必要も無いのに謝ろうとしたところで、フジ君がまた口を開いた。
「そしたら、転勤は来週といえど忙しくなるでしょ。もう俺とも会えないかもなんでしょ？」
そう問い掛けられ、断言は出来ないし……と私は頷いた。
フジ君は真面目な、でも優しげな面持ちで私の腰を抱き寄せた。
密着した腕や体からは熱が伝わってくる。
「……なら、最後くらい恋人らしいこと、させてよ」
『最後』という言葉が私の精神に打撃を与えた。
最後かもしれない。そう思うと、私は自然に首を縦に振っていた。
目の前のフジ君の顔が、私の顔に一気に近付いた。
綺麗な顔してる、と思うのも束の間、唇に触れるだけのキスをされた。
何度も何度も、それでも丁寧で優しくて。
離れたくないと、切に思った。
最後かもしれないなら、触れていたい。
私はフジ君の大きな背中に手を回した。
体全体から熱が伝わってきて。
あったかくて、しあわせ。
「フジ君っ……」
「Aちゃん……」
行き場を失った一雫が、私の頬を伝った。
泣きたくなんてなかったのに。
耐えきれなくて、ついに涙が溢れ出した。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 123人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「実況者」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：緋奈香 | 作成日時：2019年8月13日 6時
