59、宴の喧騒に紛れて ページ11
どこか名残惜しそうにAを見ながら、なんならいつでも声かけてくれ！と諦め悪く声を張ってから去っていった男。ひらひらと手を振ってから、隣に座ったイゾウを見ると何やら物言いたげで。
「……しっかり断れよ。今の明らかにナンパだろ」
「イゾウだってさっき言い寄られてなかった？」
それにきみが来てるの見えてたし、と付け足すAに思わずため息をつくイゾウ。それはそうだがそういう問題じゃない。
だが、Aは珍しく言葉に詰まったようにそっぽを向いた。
「イゾウが言い寄られてるの、嫌、だったから……」
聞き取らせる気のない小声をしっかり聞き届けて、イゾウはにやりと揶揄いの笑みを口元に滲ませた。
「気を引きたかったわけか？珍しいじゃないか」
「なんできみはそう余裕かなぁ」
腑に落ちないといった様子で頬杖をつくA。彼のことになると、途端に甘くなり弱くなる自分がいる。
振り回されてばかりだ。
そんなAにイゾウは飄々と告げる。
「余裕があるように見えるなら何よりだな」
それは暗に、余裕はないと言っているということで。また揶揄っているのかと思い目を合わせるが、そんなことはなさそうだった。
「余裕ないって、何が」
「もっと触れたい」
「……さっきの男のナンパの続き？」
「はぐらかすなよ……」
意外だったな、と思いながら残っていた酒を飲んで、立ち上がる。
そろそろ日が暮れるだろうが、宴はきっとそこからが本番だろう。宴自体、二日や三日は軽く続きそうな勢いだ。そこまで付き合うつもりは余りないが。
「僕はきみのなんだから好きにしたらいい。……部屋に戻ってる」
ぱっと羽を広げて、飛んで船まで戻っていく背中を見送りながら、彼女の前で見せていた余裕そうな態度はすっかり鳴りを潜めてしまっていた。
片手で顔を覆って呟いた言葉は、宴の喧騒に掻き消されていった。
「……余裕があるのはどっちなんだか」
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