Ep.141 無欲な男 ページ41
時はさかのぼり、クルーズ二日目の夜。
Aの部屋で発生した殺人事件の応援で船へ降りた一課の応援は、つい先ほど東京へ向けて再び飛び立った。
船内でも特に遅くまで明るいバー&ラウンジの一角、カウンターの片隅で男が一人グラスを眺めていた。
「で、ありゃいったい何のつもりだ?」
短い黒髪の女バーテンはグラスを拭く手を止めずに答えた。
「仕事を早く片付けたかっただけよ。手柄はあの子に譲ったでしょう」
「大混乱していたがな」
「あら……悪いことしたみたいね」
鼻で笑った。
奇妙な間があって、その間中はグラスに目を落とし続けた。再び口を開く。
「……四日目の夜まで待ってくれ」
「死刑囚が処刑の日取りを決められると思う?」
「それ以降なら大人しく棺桶だろうがツボの中だろうが収まってやる。それにアンタは盗んだ薬の在り処を知りたいハズだ」
「そうね……」
女バーテンがポケットから半透明のケースを取り出す。
「盗み出された数と照らし合わせると、あなたが持っていた毒薬はひとつ足りない。私があなたの言葉を真に受けて四日目の夜を待つか……あの子が危ない目にでも遭えば、あなたは毒薬の隠し場所を教えてくれるかしら?」
「そりゃあ困る」
離れたテーブルの雑談の声が少し大きくなる。
「思わず船ごと沈めちまうかもしれん」
さも冗談のように呟いた言葉には押しつぶすような気迫があったが、意に介した様子もなく女バーテンは答えた。
「いいわ、待ってあげる。言っておくけど通信記録は全て監視してるから、妙な真似をすれば――――」
「オレがこの船を降りることはねえよ。永遠にな」
席を立った。宣言ともとれる言葉と、手を付けないままのグラスを残して。
立ち去りかけた背中にベルモットは声をかけた。
「娘なんでしょう? あの子」
「誰の?」
「あなたの」
ボックは一度足を止めたが、「あいにく冗談を聞ける心境じゃない」と言い残しフロアを去った。
その後、ベルモットは何食わぬ顔でカウンターのグラスに注がれた致死量の毒を処分した。
今すぐに目的を果たすことは難しくなかった。
それでも彼女が相手の要求を飲む形で自らの用を先送りにしたのは、単に興味を惹かれたからだ。
あの無欲な男が、自分の命どころかこの船をまるごと天秤にかけてまで延命した二日間の意味を知るために。
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ほろにがクラゲ(プロフ) - 莉久さん» わーありがとうございます❗無理なく書いてるものなので、無理なくお楽しみいただければ嬉しいです٩(*´∀`*)۶ キッド様のキザさ、出せているでしょうか…!?🙄(不安) (2022年8月29日 18時) (レス) id: 5ce108a39e (このIDを非表示/違反報告)
莉久 - こんにちは!なかなか時間が取れなくて、ちびちび読んでたんですけど、めっちゃくちゃ面白いです!素直に言って好きです。大好きです。コナンとも打ち解けて、……これからの展開が楽しみです!キッドがキザッ!好きッ!忙しいとは思いますが、更新頑張ってください! (2022年8月28日 16時) (レス) id: 28e45e7c9c (このIDを非表示/違反報告)
ほろにがクラゲ(プロフ) - サワーさん» わわっ、最初からずっと…!お付き合いありがとうございます!お飲みくださる方々に楽しんでいただければそれが何よりです、最後まで頑張ります!💪 (2022年8月26日 17時) (レス) id: 5ce108a39e (このIDを非表示/違反報告)
サワー(プロフ) - ずっと最初から読んでいた小説がついにクライマックス…!これまでずっと書き続けてくださってありがとうございます!これからもご自身のペースで無理せず書き続けて頂ければと思います!私も毎回楽しみにしています! (2022年8月25日 22時) (レス) @page45 id: fbf43580c0 (このIDを非表示/違反報告)
ほろにがクラゲ(プロフ) - 推しの財布さん» コメントありがとうございます!段々ややこしくなってきてしまったなと心配していたのでお褒めの言葉とっても嬉しいです…ε-(´∀`*)✨ (2022年7月24日 22時) (レス) @page31 id: 5ce108a39e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ほろにがクラゲ | 作成日時:2022年3月11日 12時