第拾録話「長と少女と」 ページ19
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『失礼します』
鳥の声と、木々がざわめく音だけの静かなこの場所に彼女の声が響く。襖の開く音に、Aが入ってきたのだとわかる。
「急に呼び出して、すまない……最近は随分、忙しいみたいだね。Aの評判は他の剣士や柱からよく聞いているよ。罪の呼吸も使いこなしているみたいだし、」
『お館様』
Aの柔らかい声が、私の声を遮る。彼女は鋭い。私が自分を呼んだ理由も、予想がついているのだろう。
「君の師である、葵が亡くなって何年になるかな」
『明日で、4年になります』
その言葉に、思い出す。彼女の師であり鬼殺隊の剣士であった
あまねが見つけた時には、酷い状態だったという。血と腐敗臭に包まれたそこには、食い散らかされた葵の死体と彼女がいた。
無惨な姿の葵とは対照的に、彼女は無傷だった。葵の死体に寄り添うように動かない彼女をあまねは連れて帰ったのだ。
「こんにちは。私は、産屋敷耀哉。よろしくね」
『ねぇ』
か細い声が彼女の口から紡がれた。
『私を、殺して』
その言葉には何の感情も込められておらず、ただ私は首を横に振った。
『お願い、します……私を、殺してください。私が、死ななければいけなかったんです……わたしが、』
畳の擦れる音に、気配でわかる。幼い少女が、土下座しているのだと。頭を垂れ、自分の命を奪ってくれと懇願する姿に胸が痛くなる。
「葵が死んだのは君のせいではないよ。葵を襲った鬼を倒すには、特別な刀と特別な力が必要なんだよ」
『力があったのに、私は、師匠を守れなかった……教えてもらっていたんです。罪の呼吸を。なのに、私は、あの日使えなかった。ただ、師匠が喰われるのをみてた』
その言葉に更に驚く。教えていたのか、葵は。葵が使う呼吸は異質だった。元来受け継がれた呼吸の派生ではなく、人と人の間に生まれたもの。
人を愛し、人と関わることが好きだった彼にしか生み出せない呼吸。けれど、彼は柱ではなかった。
__「俺に、柱なんて似合いませんよ」
いつか、葵はそう言って笑った。誰も彼を知らない。隠も現柱も。罪の呼吸とその使い手である向日葵という剣士を知らないのだ。
けれど、目の前の少女は使えると言う。人を愛していたのに、誰にも知られなかった彼が。葵が生きていた証、罪の呼吸を受け継いでいた。
「生きなさい」
彼女は葵が唯一、この世に残してくれた形見なのだ。
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白猫さん(プロフ) - 泣きました。泣きました。 (2021年10月10日 20時) (レス) @page39 id: d1d66ac9b7 (このIDを非表示/違反報告)
おもち - あと、今更なんですが、1話の「宇隨」ではなく宇髄だと思います! (2020年9月27日 14時) (レス) id: 9b97fff7dc (このIDを非表示/違反報告)
おもち - はじめまして!お話面白かったです!更新頑張ってください! (2020年9月27日 14時) (レス) id: 9b97fff7dc (このIDを非表示/違反報告)
ちょこもち(プロフ) - mustardさん» コメントありがとうございます。最後の話は私自身、悩み悩んで書いていた部分なのでそう言って貰えると嬉しいです!夢主にも鬼滅キャラにも今世では幸せになってほしいです…楽しんでもらえて、良かったです^^ (2020年4月14日 22時) (レス) id: cb630583b4 (このIDを非表示/違反報告)
mustard(プロフ) - わぁ!完結おめでとうございます!!とても面白く読ませて頂きました。夢主ちゃんが最後に皆に会いにいく所で涙が出そうになってしまいました(笑)今世で幸せになって欲しいです。 (2020年4月14日 20時) (レス) id: e36ed0dc7b (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ちょこもち | 作成日時:2020年3月18日 17時