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Adonisは春を呼び5 ページ13

眼鏡は慣れた様子で顎髭宅の玄関を開けた。一度振り返ったときに、柿の木が目につく。枯れた葉は落ち、枝に雪が代わりのように積もっている。
「ただいま」
自分の家ではないが、そういうようにしている。何故そう言おうと思ったのかは自分でもわからないが、顎髭の家族が欲しいという願望が頭の隅にあったからかもしれない。
ただいま、おかえり、というやりとりは、なんとなく家族っぽい気がした。
「おかえり」
「おかえりなさい」
家主である顎髭とこの家を買う予定であるマスターが声を揃える。
マスターはZionの跡地を売っていなかった。あそこの半分以上は店だったが、一部は自宅として利用していたからだ。それも、顎髭の面倒を見ることに費やすため、売ってしまった。
故に、マスターは帰る家がないので、近いうち、この家を買う予定である。家主の変更というか。その辺りのことは眼鏡は詳しく聞いていない。
と、話が逸れた。よく見ると顎髭もマスターも着込んでいる。
「帰ってきて早々悪いけど、散歩に出よう」
悪くない提案だった。雪は積もっているが、降ってはいないし、眼鏡は昨日一日休ませてもらったようなものだから、体力的にも問題ない。何より、顎髭が気乗りしているなら、断る理由がないだろう。
「わかった。どこまで行く?」
「墓地に」
「……わかった」
墓に片足突っ込んだような人間が行くのは気が引けるが、まあいいだろう。
「少し遠くなかったか?」
「うん、長くは歩けないだろうから、車椅子を借りてきたよ」
「用意がいいな」
眼鏡が断らないことをわかっていたようだ。
歩けないわけではないから、塀のところまでは自力で歩いた。そこで、マスターが車椅子を広げながら、眼鏡に問いかける。
「車椅子って、引いたことあります?」
「なんなら昨日引いたよ」
倅の嫁は足が不自由だ。杖を突いて立つことはできるが、歩くのは目下練習中である。
「じゃあ、運転はお任せしますね」
「わかった」
道中長いだろうが、まあ、話でもしていればすぐだろう。
「昨日は」
口下手な眼鏡が自分から話題提供するようになっただけでも、かなりの進歩である。
「菓子用の買い物に行った。クッキーを作ってくれたんだ」
「お嫁さんが?」
「……と一緒にあれが」
眼鏡があれというのは元妻しかいない。
「お前たちにも土産にと。ジンジャークッキーだそうだ」
「ああ、スパイシーなやつだね」
そんな他愛もないやりとりを積み重ねて、三人は墓地へと辿り着いた。

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作品ジャンル:純文学, オリジナル作品
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作者名:九JACK | 作成日時:2021年2月27日 3時

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