検索窓
今日:1 hit、昨日:3 hit、合計:928 hit

Adonisは春を呼び4 ページ12

他人が側にいることに慣れていたから、マスターは「親しい誰か」じゃなくても満たされたのだ。やはり、自分たちは似ているようで違う。
「顎髭さんは寂しいですか?」
「そうだねえ。無念にまではならないだろうけど」
死ぬほど渇望しているわけでもない。ただ、未練というなら一番はそれだろう。
でも、考え方を変えれば、今この状況は悪くない。
「前にさ、眼鏡に言ったんだよね。僕がもし、死ぬときは看取ってねって」
「そんなこと言ったんですか。縁起でもない」
「そうなんだよねえ」
命に関わることを軽々しく口に出すものではないと思った一例だ。現在進行形で体感している。
「あいつはそういうところも踏まえて、今、僕の側にいてくれるんじゃないかって思うとね、申し訳なさよりも、嬉しさが勝るんだよね。不謹慎とはわかってるけどさ」
顎髭は天井を見上げる。
「あ、こいつの人生の選択肢に僕がいるんだってさ。最低じゃない?」
くつくつと苦笑いして、白湯を飲む。冷めた白湯は舌に馴染むような温度で、何の味も残さずに喉を通りすぎていく。
「最低ではないですよ。あなたが自分の人生の選択肢にあの人を置いているなら、お互い様でしょう」
あっさりと、はっきりと、マスターは欲しい言葉をくれる。やっぱりわかってる人は違うな、なんて思うけれど。
それでも、顎髭の中に巣食う罪悪感を払いきれず、払いきれなかった分の対処は顎髭本人がしなければならなかった。
ふと、手の中にあるのが白湯であることに気づく。気づくも何も、さっきから飲んだりしていたのだが。
マスターの手にあるのはハーブティーだ。眼鏡も食後は紅茶かグリーンティーを飲んでいく。
──何故、気づかなかったのだろう。
顎髭は泣き笑いのような声を一つ上げ、マスター、と呼びかけた。
「相談なんだけどさ……」
他に人もいないのに、声をひそめる様は、秘め事をしているようだった。

Adonisは春を呼び5→←Adonisは春を呼び3



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 0.0/10 (0 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
2人がお気に入り
設定タグ:はなむけ , バー , 大人テイスト   
作品ジャンル:純文学, オリジナル作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

ニックネーム: 感想:  ログイン

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名:九JACK | 作成日時:2021年2月27日 3時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。