Adonisは春を呼び4 ページ12
他人が側にいることに慣れていたから、マスターは「親しい誰か」じゃなくても満たされたのだ。やはり、自分たちは似ているようで違う。
「顎髭さんは寂しいですか?」
「そうだねえ。無念にまではならないだろうけど」
死ぬほど渇望しているわけでもない。ただ、未練というなら一番はそれだろう。
でも、考え方を変えれば、今この状況は悪くない。
「前にさ、眼鏡に言ったんだよね。僕がもし、死ぬときは看取ってねって」
「そんなこと言ったんですか。縁起でもない」
「そうなんだよねえ」
命に関わることを軽々しく口に出すものではないと思った一例だ。現在進行形で体感している。
「あいつはそういうところも踏まえて、今、僕の側にいてくれるんじゃないかって思うとね、申し訳なさよりも、嬉しさが勝るんだよね。不謹慎とはわかってるけどさ」
顎髭は天井を見上げる。
「あ、こいつの人生の選択肢に僕がいるんだってさ。最低じゃない?」
くつくつと苦笑いして、白湯を飲む。冷めた白湯は舌に馴染むような温度で、何の味も残さずに喉を通りすぎていく。
「最低ではないですよ。あなたが自分の人生の選択肢にあの人を置いているなら、お互い様でしょう」
あっさりと、はっきりと、マスターは欲しい言葉をくれる。やっぱりわかってる人は違うな、なんて思うけれど。
それでも、顎髭の中に巣食う罪悪感を払いきれず、払いきれなかった分の対処は顎髭本人がしなければならなかった。
ふと、手の中にあるのが白湯であることに気づく。気づくも何も、さっきから飲んだりしていたのだが。
マスターの手にあるのはハーブティーだ。眼鏡も食後は紅茶かグリーンティーを飲んでいく。
──何故、気づかなかったのだろう。
顎髭は泣き笑いのような声を一つ上げ、マスター、と呼びかけた。
「相談なんだけどさ……」
他に人もいないのに、声をひそめる様は、秘め事をしているようだった。
2人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:九JACK | 作成日時:2021年2月27日 3時