弔いの花言葉4 ページ4
さあ、と墓地というには爽やかな風が吹き抜ける。
「いい日和だね。ピクニックでもしたい気分だよ」
「……そうだな」
不謹慎だろう、と言いたいのをこらえた眼鏡は、花束を抱えていた。顎髭は供えるための菓子を。どこの文化かは知らないが、菓子は供えたら食べるらしい。まあ、烏に啄まれるよりかはいいのかもしれない。
「そういえば明日、ピアニストくんと面会するんだって」
「耳が早いな」
「元警察官だよ?」
「元のくせに職権乱用がひどいな」
「たまたま後輩に会ったんだよ〜」
「たまたま、ね」
「他意はないのに」
「着いたぞ」
愉快な与太話を置き去りに、十字の立った墓石の前に辿り着く。ピクニックだったなら、いくら与太話をしてもよかったが、残念ながら、これは墓参りである。
そこには歌手の名前が刻まれていた。
「墓っていいよね」
「唐突に何だ」
刻まれた名前をなぞりながら、顎髭が言う。
「名もない人間でも、後世まで自分のいた証として名前を伝えられるだろ?」
にこりと穏やかな日和に合わせたかのように笑う顎髭に、眼鏡ははあ、と盛大な溜め息を吐いた。
「お前が忘れられたくないだけだろう」
眼鏡の言葉に、顎髭からす、と笑みが引いた。
「名が刻まれたとして、所詮石だ。いつか風化して刻まれた文字は消えるだろう。人の記憶と同じだ」
「ひどいこと言うねえ」
「ひどくない。事実だ」
冷酷にも思えるほど、眼鏡の言葉は淡々としていた。それを見て、顎髭は思い違いだったのだろうか、と不安になる。
30年もの付き合いだ。名前も職業も住所も知らなかったとしても、共に酌み交わした杯の数だけ人となりを互いに知っていたはずである。そう思っていたのは、顎髭だけだったのだろうか。
所詮は思い上がりも甚だしい酒の席でだけの関係だったのだろうか。
花束を供え、黙祷すると、立ち上がった眼鏡が告げた。
「お前は曾祖父の名前を知っているのか? 覚えているのか?」
「へ、曾祖父? ひいおじいちゃんってこと? 知らないよ。僕が生まれたときにはもう死んでた」
「それと同じだ」
眼鏡が見上げた先は青い青い空だった。
「死んでしまえば、世代を経て忘れられてしまう。その名を知る者がいなくなれば、墓石に刻まれた名前なんて、意味のない文字列だ。……だからこそ、生きているうちの関係が大切なのだろう」
言い終えると、眼鏡は花束から一輪、すっと薄紫の花を取った。
「俺はお前を忘れないよ」
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作者名：九JACK | 作成日時：2021年2月23日 7時
