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Zion最後の日9 ページ24

あれやこれやと議論したが、眼鏡はビビッドピンクのエプロンはつけてはくれなかった。まあそうだろう。ただ、顎髭の押しっぷりに持っていかれそうになっていたので、あと一押しだったと思う。惜しいことをした。
「いやあ、本当、あそこでビビッドピンク出すとか最高だね」
「お褒めに与り光栄ですよ」
よくあんなの持ってたねえ、とか、他愛もないことを話す。一瞬一瞬がかけがえのなく、二度とは来ないであろう刹那であることを思えば、何気ない会話だって特別だった。
特別でない毎日を肴に。Zionに掲げられていた信条に則って、彼らは酒を楽しんだ。
「ほら、作ってきたぞ」
「おおっ」
黄身は宝石のようにバーの少ない灯りの中でも煌めき、白身もそれを引き立てるようにぷるぷるとしている。
さすがああだこうだと言っただけはある。伊達に一人暮らしをしていない。
「うーん、こういう見た目の方が食欲をそそられるなあ」
「照りって魅力ですよね……」
目玉焼き一つでいつまで話せるのだろう。不思議と飽きは来ないからいいのだが。
塩胡椒がないことで、黄身のそのままの味を生かしながら、酒の風味も殺さない絶妙な仕上がりになっている。
「俺としては両面焼きも好きなんだが」
「え、目玉焼き両面焼くの? 正気?」
「それを提供してる店に失礼だぞ」
目玉焼きは焼き方一つ取っても云々、と眼鏡の蘊蓄が炸裂する。ほえー、と顎髭は感心して聞いていた。
人の手料理を食べるのが久しぶりのマスターはしっかり味わって食べていた。まさか、あの眼鏡の料理を口にする日が来ようとは。長生きはしてみるものである。
「料理は昔からの趣味だったんですか? それとも奥さんと別れてから?」
「お前もだいぶ質問に遠慮がなくなってきたな」
苦笑いする眼鏡がグラスを差し出してくる。そこに酒を注ぎながら、改めて、今日が最後なのだな、と思った。
実質、あの事件から開店休業状態だったZionは、今日、この二人が帰ってしまえば、閉店するのだ。
寂しいという思いは、やはりある。けれど、終わり方の一つとしては良いものだったのかもしれない。
未練たらしくそのときを先延ばしにするのではなく、すっぱり終わってしまおう。Zionという店を終わらせたくはないが、これ以上続けても、未練が大きくなるだけだ。
やがて、夜も更け、梟も鳴かなくなる頃、最後のボトルの最後の一滴が、グラスに注がれる。
マスターが音頭をとる。
「良き終わりに、乾杯」
ちん、とグラスが重なった。

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作品ジャンル:純文学, オリジナル作品
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作者名:九JACK | 作成日時:2021年2月23日 7時

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