弔いの花言葉1 ページ1
あれから。
「事件現場には」
ワインの入ったグラスを顎髭はゆらりと回す。
「誰も寄りつかない、か」
そこは伽藍堂にさえ思えるバーZion。いるのは粛々とグラスを磨くマスターと顎髭、静かにグラスを傾ける眼鏡がいるのみだった。
顎髭の言葉に、ウイスキーを味わってから、眼鏡が応じる。
「そりゃ、ただの事件じゃなくて、殺人事件だからな」
「まあ、そうだよねー。あの夜はこの店の常連のほとんどが揃っていたし」
寄りつけば、警察から色々聞かれる。犯人が自首して、それで終わりならこれ以上関わる必要はない。
それに、「殺人の起こった店」の評判は悪く、そこに通っているとなると、周囲から向けられる目も悪くなるだろう。いくら愛着があったとて、自分の評判を著しく貶めるとあらば、天秤にかけるまでもない。人間の悉くは我が身が可愛いのだ。
寂しがって酒を煽るのなど、眼鏡と顎髭くらいなものだろう。
店を彩るのは静寂の薄暗さ。誰もいないことを主張するような温度のない空間はとても居づらかった。
「マスター、Zionはどうなっていくんだい?」
カウンター越しに伺うと、マスターは表情の一つも変えずにさらりと言った。
「いずれ閉めるつもりだったのは、いつぞやお話ししたはずです。早いか遅いかの違いかと」
「あー、やっぱりそうなる?」
参ったなあ、と顎髭が眉をひそめる。八の字の困り眉は、顎髭がいつも湛えている笑みに妙に似合っていた。
「困ったなあ。これからどこで飲めばいいだろう。今更新規開拓する気はないんだけど」
「自宅で飲めばいいだろう」
何を当たり前のことを、と眼鏡は告げる。顎髭はナンセンスだねえ、と人差し指を振った。
「僕は誰かと一緒の空間で飲むのが好きなんだよ。僕が独り身なのは知ってるだろう? それともわかっててそんな意地悪言うのかい?」
するとどうだろう。眼鏡は鳩が豆鉄砲を食らったようなきょとんとした顔になる。何か不思議なことでも言っただろうか。
何を言っているんだ、と眼鏡は続けた。
「お前と俺で飲めばいいだろう」
さも当然というように差し出された提案に、顎髭は目を丸くする。目から鱗とはこのことか。顎髭の中の選択肢から消え去っていた選択をいともあっさり提示され、呆気にとられる。
答えない顎髭を眼鏡が訝しみ、不満か? と元々険しい顔に不機嫌を滲ませた。
とんでもない、と顎髭はいつものようにからからと笑った。
「そうだね、君と飲もう。君がよければ」
「何を今更遠慮するんだか」
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作者名:九JACK | 作成日時:2021年2月23日 7時