歌への愛1 ページ9
その話に感嘆し、全員無言になってしまった。
そんな中、歌手がからんと音を立てて水のグラスを傾けた。ゆっくりと飲み下す。こくりと嚥下するその所作はどこか艶かしかった。
歌手がグラスをテーブルに置くと、かくりと首を傾げ、一同を見渡す。そこには艶然とした笑みが浮かんでいた。
「では、乾杯致しませんか?」
突拍子もない提案にその場の全員が狐につままれる。歌手はゆらりとグラスを持ち上げ、爛漫な笑みで告げた。
「あのピアノと、このバーに。おじいさまの意志が受け継がれ、今もここにピアノがあり、バーZionが栄えていることに」
なるほど、言われてみれば、それはめでたいことなのかもしれない。三世代に渡り、マスターたちはこのバーを守り続けてきたのだ。マスターの祖父は既に他界しているらしいが、きっと、こうしてZionというバーが今も続いていることをどこかで喜んでいることだろう。
「確かにそれはめでたいことだね」
真っ先に顎髭が賛同した。おそらくこいつは酒を飲む理由が欲しいだけだろう。
そんな顎髭に呆れつつも、眼鏡に異論はなかった。勿論、ピアニストにも。
マスターが、シャンパンのボトルを持ってきて、それぞれのグラスに注がれると、顎髭が音頭を取った。
「Zionに、乾杯」
ちん、と涼やかな音が重なった。
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作者名:九JACK | 作成日時:2019年10月25日 13時