【◇A】にがくて、にがい。【倉持洋一】 (ページ35)

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33話ページ35

　
夏の甲子園の地方大会が始まった。

初戦の米門西をはじめ、順調に勝ち上がった青道は去年は届かなかった決勝に駒を進めた。

相手は超高校級エース、成宮鳴を擁する稲城実業。

厳しい戦いになることは避けられないけど、それでも。

ここを勝てば、甲子園なんだ。

絶対に行ってやる。

チームみんながそんな気合いを入れて、決勝に挑もうとしていた。

．

「染谷。ちょっと良いか」

稲城実業との決勝戦の朝。

最後の学校練習として行っていた朝練が終わり、試合に持っていく荷物の準備をしていた時のことだった。

マネ室に顔を出した倉持に呼ばれたのは。

準備は一通り済んでいて時間を持て余していたから、貴子先輩に断りを入れて私は倉持の呼びかけに応じた。

「何？用事？」

「用事っつーか、話。ここじゃ言い辛ぇから、場所変えようぜ」

いやに落ち着いた倉持の後に着いて行き、辿り着いたのは人気のない第二グラウンドの前。

「で、何？みんなが居ると言えないようなことなんでしょ？」

私が促すと、倉持は＂本当はお前に言おうかもすげぇ悩んだ＂と前置きして話し始めた。

「亮さん、足怪我してる」

苦々しげに言った倉持の言葉に、硬いもので頭を殴られたような衝撃を感じた。

「うそ……なんで、…いや……もしかして前の試合でホームに突っ込んだ時に………？」

「ああ。レガースにまともに脛ぶつけちまったって」

「じゃあ、今日の試合は………！」

切羽詰まり、今にも泣き出しそうな声を出した私を倉持は短い眉を下げて見た。

「試合には出るって言ってる」

「怪我してるのは脛だよ、守備の時もバッティングの時も痛むに決まってる。けど……」

怪我が心配だから出ないでください、なんて言えるわけがない。

口が裂けてもそんなことは言えない。

亮さんが今までどれだけの努力を重ねて今日を迎えたか知っているから。

亮さん以上のセカンドは居ないと思っているから。

亮さんに出て欲しいと思っているから。

今はもう選手でも何でもない、ただのマネージャーの私にそんなことを言う資格はないから。

けど、と言ったきり俯いて拳を握りしめ、黙り込んだ私を見て倉持も苦しげに言った。

「………もしチームの足を引っ張ってると思ったら、俺が監督に言ってくれって、そう言われた」

　