百二十七話/絶え間なく過去へ押し戻されながら ページ37
「同棲なんて聞いてませんよ!」
鳥の声が響く爽やかな朝。そこに中島敦の叫びが加わり、心の安寧をもたらす静けさは完全に破られる。
「ーーーー」
隣の着物姿の少女は泉鏡花。
Aと太宰を捕らえた人物で、強力な異能を持つ故ポートマフィアに利用されていたところを敦が助けたのだそうだ。
彼女の異能力は『夜叉白雪』。携帯からの指示で動く仮面の異形を従える。
字面からは、戦闘に向いている異能力だと判断する。
本人の意思もあり、探偵社員になった彼女は今日から敦と同棲するのだという。
急なルームメイト変更。予告もなしのそれに敦が動揺するのも頷ける。
そんな彼の抗議に唯一人、瞳を輝かせる者があった。
「敦君!」
「わ、っAちゃん!あれきり帰ってこないから、僕ずっと心配してて……」
思い出されるのはAと共に姿を消した太宰。彼に対する探偵社員たちの評価だ。
太宰なら大丈夫。太宰と消えたAも大丈夫。なんていう謎理論で無理やり納得させられた記憶がある。
「……って、ちょっと!?」
「敦君敦君敦君敦君……!」
飛び付き、抱きついてくるAに敦が顔を赤くする。
『貴様を縛り付ける枷を僕が焼き払い、討ち滅ぼしてやる』
地下牢でAにそう告げた芥川は本当に敦と戦ったらしい。
死闘を繰り広げた結果の勝敗はどうなったのか。
それは、健在な敦を見れば聞かずとも判る。
「んー久しぶりの敦君……」
だからこそ、彼の今の命は薄氷の上にあるものだと再確認する。愛おしさが増して腕の力を更に強めた。
そんな過剰なスキンシップに敦が耐えられる筈もなく、回された手を引き剥がそうとする。
が、Aの細腕からは想像もつかない腕力が敦にそれをさせなかった。
ーー否、この場合は敦がそれを出来なかった。しなかった、と表現する方が正確かもしれない。
「朝から熱いねー、お二人さん」
「ーーーー」
判りやすい好奇と読み取れない不可解な感情。朝っぱらから抱き合う二人に二つの視線が刺さっている。
その事実にいち早く気付き、現実へと意識を回帰させたのは意外にも敦の方だった。
「えっと、これは違くて。いや違くないんですけど」
「ーーーー」
「同棲。そう、同棲です!なんで急にそんな、Aちゃんは……」
話を戻し、敦がAを見る。そこに絡められた感情に太宰は目を細めると、
「部屋が足りなくてねえ。それに、彼女達は納得しているよ」
そう告げる彼は厭に御機嫌だった。
113人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:女中 | 作成日時:2022年6月11日 11時