百十九話/麻痺 ページ29
人の話し声と視線に包まれるショッピングモール。現在は夕刻に差し掛かる最も混み合う時間帯だ。
「ーーーー」
その混雑の中、手を振って此方へ歩いてきたのはAの上司である太宰だ。
「いいかい?Aちゃん。先輩を待たせてはいけないよ。そこら辺、国木田君は厳しいからねぇ。もう、鬼のように怒って」
「す……すみません。思っていた以上に広くて迷いました」
嘘である。本当は服や何やらに夢中になっていて時間に気付かなかったのである。
そうして約束に数刻遅れて待ち合わせ場所に着いたA。
『今日は私に付き合って』。そう云った割には、着いて早々別行動を指示した太宰。彼の手には大量の荷物が抱え込まれていた。
中に詰め込まれているのはーー、
「お目が高いね、Aちゃん。聞いて驚け見て驚け。この中から包帯を取り出すとーーあ!」
「本当に包帯しかないんですね。流石包帯男です」
何か見せようとする太宰の手元を覗き込む。
袋いっぱいの一面真っ白な包帯の海を見て、太宰の異常性を再確認した。
「折角先輩がサプライズしてあげようと思ったのになんという酷い後輩だ。それに、包帯男なんて悪口を……傷付いてしまうよ」
手品か何かを邪魔された太宰は、眉を下げる。
重ねられる抗議の言葉。
うざったいので「不出来な後輩で申し訳ありません」と適当にその空気を仰ぐ。
「ーーーー」
と、太宰は暫く視線で抗議してきたが、諦めたのか、ぱっと歩き出した。
その急な歩行にAも慌てて彼を追い掛ける。
忙しい人だ。
「あの、太宰さん。……すみません。ーーうぇっ!」
「なんだい、この美丈夫に何か付いているのかい?」
「いえ……その、すごい笑顔で、素晴らしいと思います」
ふざけて揶揄っていたら突然相手が憤慨するという事象を体験していた筈が、歩いている太宰の顔はとてつもなく笑顔だった。
不気味すぎて語彙力が乏しくなるAは笑顔の理由には突っ込まない。
そうして微かに瞠目するAと、太宰の歩幅が徐々に合ってくる。
それには気付かず、Aはふいに呟いた。
「お腹がすきました」
「……失言隠しのつもりなら、それはそれでどうなのか詳しく突っ込みたいのだけど」
「腹が減っては
何が何でも意見を貫くAに太宰が沈黙する。
ーーふと、思う。太宰とこうなるのはこれで何度目なのだろうかと。
もう、数えるのも億劫になってしまったけれどーー。
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作者名:女中 | 作成日時:2022年6月11日 11時