百十八話/視線 ページ28
「うふふ、面白ーい」
「ーーーー」
「疲れてたのかい?眠いのなら、そう云ってくれれば良かったのに」
ほぼ棒読みだが、明らかに面白がっている。
その態度は、先刻の動画の中の太宰と何ら変わっていない。
「また思い出しちゃったじゃないですか……」
恥辱の記憶が蘇り、死にたくなる衝動を必死に抑える。
とはいえ、この状態では顔も真面に上げられない。
暫く太宰の顔は見れそうになかった。
「ーーーー」
流れ落ちる一つに結った艶やかな髪。
毛先の込めた部分にしきりに触れるAに、太宰は指でスマホを叩いた。
頭上の音に恐る恐る視線を上に向けるAは太宰の意図を察した。
食い下がれない雰囲気。伴わない筈の痛痒を覚え乍ら、Aの手は顔周りの不揃いな髪ーー顎元でばっさり切られた部分へと向かっていた。
「……動画を消す条件は」
固く突き放す声、細められた瞳。それらに反し、手が忙しなく髪に触れる度に、Aは庇護欲を刺激する魔性を醸し出していた。
「ーーーー」
彼は、この手のものは慣れているらしかった。
少女というよりは女の生々しさを目の当たりし乍ら、しかし彼は動じることはしない。
それどころか腰を下ろし、ゆっくりとAと視線を絡ませた。そして皮一枚、笑むと、
「今日は私に付き合って?ーーそうすれば誰の目にも触れさせないと約束するよ。ふふ、契約書でも書くかい?」
甘ったるい声。それは、Aの次の返答が判っているかのように余裕を孕んでいた。
「流石に契約書までは……いいです」
意図も意味も判らない。ーー唯、その視線に捕らえられたAは何も反抗することが出来なかった。
※※※※※※※
ーー視線を感じる。視線、視線、視線視線視線視線。
外の世界へ一歩踏み出せば、此方の否応なしに視線がまとわりついてくる。
羨望、失望、嫉妬、愛情、落胆、慈愛、好奇。
正も負も問わない。そのどれをどこから取っても、唯そこには熱が込められていた。
自分がいつ、その熱に焼き焦がされるのか怖かった。
熱情は恐怖の対象にしかならなかった。
虚像も実像も全て灰にされるような気がして、自分の積み重ねてきたモノが全てが無かったようにされてしまう未来。訪れるかも不明な未来が怖かった。
そうなってしまうのが嫌々で堪らないから。だからーー、
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作者名:女中 | 作成日時:2022年6月11日 11時