百八話/瞳が映す現身 ページ18
階段から降りてくるのは、蓬髪の男。この場所はマフィアの地下牢だというのに、いつもと変わらない笑顔で太宰は此方へ近付いてきた。
「敦君が危ない。今直ぐ向かおう」
太宰の細い指が、耳障りな鎖の鍵穴にヘアピンを差し込む。手馴れた手つきでそれを回し、そこで太宰は目元を細めた。
「これは……」
珍しく瞠目する太宰の顔を見て、Aは口元を緩めた。
「ーー君、自分が今どんな顔してるか判ってる?」
「ふふ……え?」
「凄いしたり顔」
なんていうのを想像していたのに、Aの妄想が実現されることは無かった。
ーー足音は太宰のものではなかった。反響音はAが拘束される地下牢を通り過ぎ、太宰の元へと向かっていく。芥川の時と同じだ。
「相変わらず悪巧みかァ?太宰!」
階段も下り終えていないだろうに、声の主は我慢出来なかったのか声を張り上げる。
ーー敵だ。
探偵社にこの声の人間はいない。つまり、この声の持ち主はマフィアの構成員の者。太宰を呼び捨てするところから、かなり位の高い人物なのだろう。
「これじゃ、逃げようにも逃げられない……」
Aはマフィアに挑むほど肝が座っていない。出来れば関わりたくないのだ。
探偵社に入社した以上、接触することは想定していたが、まさかここまでとは。マフィアはAの想像の何倍も探偵社に首ったけらしい。
「ーー。ーー」
「ーー?」
何やら会話をしているのが聞こえる。が、マフィアの構成員は音も通さぬ地下の奥深くまで潜ってしまったらしい。これでは何を話しているのか判らない。
「ーーーー」
太宰を優先すべきか、敦を優先すべきか。
どうしたものかと悩むAの熟考が次の瞬間完全に硬直した。
「ーーっ」
衝撃音、破壊音、振動。
岩が砕け散る音が鼓膜を震わせる。ーー太宰が、危ない。
しかし彼は腐っても元マフィア。本来は頭脳派で戦闘を主とする任務は経験があまり無さそうだが、今回の敵は太宰の顔見知り。彼なら十分戦えはしなくとも、殺されはしない筈。
「それに、私が行っても足を引っ張っちゃう」
前まで一般人だったAが戦闘の達人と戦えるとは思えないし、今は誰の異能力もコピーしていない。銃も持っていないため、行っても何も出来ないだろう。
完全にお手上げだ。抑々、一般人が武装探偵社なんかに入ったのが間違いだったのだ。
自責が頭を巡り、埋め尽くす。絶望という病。思考が沈む。そこへーー、
「……終わっ、た?」
113人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:女中 | 作成日時:2022年6月11日 11時