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百十六話/お姫様以下社員未満 ページ16

項垂(うなだ)れるしかなかった。囚われの身とは思えぬ態度を芥川相手に出してしまったことに、自分への落胆が止まらない。彼の気分次第では、このまま処刑も有り得る。


「ーーーー」


Aが自責と後悔に心臓を高鳴らせている間も、芥川は何も云わなかった。
だから、Aも顔を上げて芥川を見ることが出来なかった。どんな顔をしているのか、全く想像もつかない。それに、もし彼が眉を寄せたり、不機嫌そうな表情をしているところを見れば、自分の死を予感してしまう。それが、怖かった。


「交渉決裂、か」


「ーーぁ」


自分の死を、悟った。次に何を告げられるのか、それだけで頭がいっぱいになってーー、


「失礼します。ーー芥川先輩」


突然の凛とした声の後、足音が近付いてきた。反響音と共に階段を下りてきたのは、スーツを着こなす蜂蜜色の髪の女性ーー樋口。
依頼人として探偵社を騙し、谷崎やナオミ、そしてAの命を奪わんとしたマフィアの構成員。


「……予定通り、動き出しました」


樋口を見ていると、完治した筈の右脚が疼く。あの時の痛さといったら、暫く忘れられそうにない。
そうして軽く眉を寄せるAを一瞥すると、樋口は芥川へと視線を移した。


「どうされますか?」


「今から向かう。手早く準備を済ませろ」


「判りました」


一礼すると、樋口は早足で階段を駆け上っていく。
彼等は何をするつもりなのか。最有力候補は、懸賞首にかけられた敦を捕らえることだがーー、


「任務が入った故、僕は暫く席を外す。その間、貴様も良く考えろ」


「ーーーー」


「そうだな、過去の事でも思い出していると善い。己がどれだけ歪んでいるか、貴様が()してきた選択がその指針となる」


云うだけ云って、それでも此方に心残りがあるのか芥川は数秒ほど、項垂れたままのAを灰色に映した。


「退屈な任務だ。僕が手ずから向かう故直ぐに終わる。……貴様と再度(まみ)えた其の時、返事を聞かせてもらうとする」


振り切るようにそう云って芥川が一段一段階段を上っていく。
何か、その黒い背中に云わなくてはならない。
云っても何も変わらないかもしれないけれど、今云わないとAはきっと後悔する。
だから、空気を肺に送り込んでそれを音にしてーー、


「一つ、伝え忘れていた」


「ーーーー」


「貴様を縛り付ける枷を僕が焼き払い、討ち滅ぼしてやる」


それを最後に芥川は黒紫の世界から消えた。

百十七話/祈りの定義→←百十五話/囚われのーー、



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作者名:女中 | 作成日時:2022年6月11日 11時

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