百十二話/血臭の中心 ページ12
薄暗く、呼吸の音も拒むような静謐。拍動すらも封じられるような錯覚。Aはずっとそこに居た。
｢……どうしよう｣
ーー
正確な時間は判らないが、Aが目覚めてから今に至るまで大体四、五時間が過ぎようとしていた。
｢太宰さんもいないし……それに此処って｣
言葉の先をAは濁す。
自分で云ってしまえば後戻り出来なくなる気がしたからだ。
ーー自分で自分に絶望を与えるのはやめろ。それが彼の口癖だった。
その言葉を脳裏に
しかし、考えないという行為は考える行為とどれほどの差があるのだろうか。
ーーそんなことを考えている以上、頭から『それ』を追い出すことなんて出来ない。
信じたくないし、にわかには信じ難いが、どう考えても此処はーー、
｢ーーポートマフィア｣
詳しく云うなら地下室、地下牢、或いは拷問部屋。此処はそういった類の場所だろう。
根拠は勘としか云いようがないが、強いて言うならあの着物姿の少女。彼女から初対面の太宰に通ずるものを感じた。瞳が、表情が、挙動が彼女の罪を表していた。
あれはーー人を何人か殺している。
｢ーーーー｣
Aは自分の四肢を拘束する手錠、それに繋がれた鎖を鳴らして天を仰いだ。
先程から鼻をつく鉄の匂いの原因は大方、この場所にこびり付いた血臭だろう。
一応掃除はされているらしいが、落とし切れていない赤がそこかしこに残っている。
ここでどんな拷問が行われたのか、自分勝手な妄想にAが背筋を凍らせた。ーー瞬間、反響する足音。
｢ーーーー｣
足音はAが拘束されている部屋を通り過ぎ、その直ぐ隣へと向かった。目的地が定まっているのか、音は迷うことなく一直線に進んでいく。
｢ーー！｣ ｢ーー。ーーーー｣
暫くすると、微かだが男二人の声が鼓膜を震わせた。
声量などから察するに、穏やかな話し合いをしている訳では無さそうだ。
｢ーーーー｣
一方の声、それにAは聞き覚えがあった。
もう一人の男より頭一つ分抜き出ているその声量。
蠱惑的な声音。それは紛れもない太宰のものだった。
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作者名：女中 | 作成日時：2022年6月11日 11時
