※かけらノ歌・I ページ7
ハルトが軽く地面を蹴る。
刹那、彼の身体が宙に浮き上がった。
「ミューノ、はやく!」
ハルトが血染めの空を一瞥し、夜空へと続く方角を指差した。
__逢魔ヶ時と共に現れるそれは、バケモノと呼ばれた。
墨を零したような黒濡れの体に赤黒く歪んだ口。不死身の体を持つジンルイを唯一殺し得る存在であり、一体で村一つを壊滅させる悍ましい強さを誇る、まさしく化け物である。
バケモノに見つからずに逢魔ヶ時を脱しない限り、この少年たちの命は空前の灯火であった。
「あっ...さっきのちょうちょだ」
「お兄ちゃん!ふざけてる場合じゃないよう!」
ハルトがひらりと舞う足の足りないモンシロチョウを見つけ、のんきにそれを目で追う。
正直なところ、ハルトは逢魔ヶ時を怖いとは思っていなかった。
ハルト達はここ何十年も逢魔ヶ時の起こっていない、平和な村の生まれである。
したがって逢魔ヶ時やバケモノの話は御伽噺にも等しく、齢十にも満たない一介の少年に、危機感が持てよう筈もない。
「お兄ちゃん待って..うわあっ!」
ミューノが宙に浮かぼうとしたところで、鈍い音と共に地面に転がった。
ハルトが離陸に失敗でもしたのかと振り返る。
____ぬらりと笑う影を見た。
それは、バケモノであった。
「あ、ミュ、」
それは確かにミューノの背後を捉えていた。
知らせようと叫びかけたところで、バケモノがこちらを一瞥し、口元の笑みを一層歪ませる。
人のカタチをしている筈なのに、関節はあり得ない方向へひしゃげ、ごてごてと飾り付けられた体の一部をぼとり、ぼとりと落としながら迫ってくるその姿は、到底この世のモノとは思えまい。
緩急の激しくおぼつかない足取りは狂気を孕み、見るものの恐怖を駆り立てる。
ハルトの身体は金縛にあったように、動かなくなってしまっていた。
バケモノがミューノに近寄ると、少女の左脚を愛おしそうに撫でた。
ぼとり。
__ミューノの表情は見えない。
少年はふと、手についたモンシロチョウの足を思い出した。
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作者名:冬目 | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/orazu/
作成日時:2017年10月17日 1時