ヒーローはお呼びじゃない ページ6
「ばーか、来るの遅すぎ」
嗚呼、その吐き出される毒さえも愛おしいなんて。一体自分はどれだけ彼女に惚れ込んでいるのだと半ば呆れにも近い感情と同時に、本当に遅くなってしまったという罪悪感が湧き上がってくる。幼子の習作の様な落書きで彩られた壁に背を預けて腕を組む彼女はいつも通り無表情で、言葉とは裏腹に大して腹を立てていない事が分かる。それでもその二つの感情は複雑に絡まり合って一滴の雫となり、心の中にある繊細な部分に染みを作った。
この種の弱さを自分は彼女と出会うまで知らなかった。不思議な事に、それまでは自身の精神は厳しい訓練によって鍛え抜かれたと思っていたのだ。今思えばなんという自惚れだったのだろう。
「A……怪我は」
「無い。どうせこいつらも前に理鶯にやられた奴なんでしょ？後始末はちゃんとしときなよね」
唾でも吐くかの様な調子でそう言い、彼女は足元に転がったチンピラ連中の一人をブーツの底で蹴り飛ばした。どうやら完全に気を失っているらしく、聞こえるのは掠れた呻き声だけ。これがもし恋愛映画であるならば、逆恨みで男達に襲われそうになった彼女を助けるのは自分の役目だったであろう。だが彼女にそれは必要無い。彼女には悪役に拐かされる姫よりも銃を持ったクールな女主人公がよく似合うのだから。
それでも何故か自分はここで彼女を抱き締めておかなければならない気がして、その細い身体をやや乱暴に引き寄せた。「すまない。……本当に、すまなかった」譫言の様に呟いた科白は自分のものではないような感じがした。一つは駆けつけるのが遅くなってしまった事に対する謝罪。もう一つは、彼女が無傷で六人の男達をいとも簡単に倒した事をどこか残念に思っている自分がいる事に対する謝罪。何故かは分からなかった。ただなんとなく、無言のうちに「お前の助けは要らない」と言われているかのような妄想に取り憑かれた。実際それは全くの妄想だった。本来ならば自分は彼女の無事を心から喜び、安堵しなければならない。それが出来ない自分は最低の人間だとも思った。それでもその被害妄想は意識の外側を取り巻いて離れなかった。
「あー、そんな謝んなくて良いから。ほら、帰ろ」
無意識のうちに謝罪の言葉を繰り返していたらしい。彼女は頭を掻き、無造作にこちらの手を引いた。その行為にまたあの複雑な思いを感じながらも、やはり自分はそれに従うしかないのだ。道に迷った幼子の様に。自己を見失った子羊の様に。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 28人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
十弧(プロフ) - 通りすがりの理鶯推しさん» まずは身に余る程のお言葉を頂けた事、心より感謝致します。私の年齢上ここでの活動が丁度良いというのと名前変換機能が便利という事で今まで執筆して参りましたが、仰る通り他サイトでの活動も検討してみたいと思います。貴重なご意見有難う御座います。 (2019年4月1日 23時) (
レス) id: f05eea04c6 (このIDを非表示/違反報告)
通りすがりの理鶯推し - 作品を読んでみて、貴方の文章はもっと多くのヒプマイファンに読んでもらいたい程上手いと思いました。小・中学生が多く利用している占いツクールで才能を伸ばすのも良いですが、Pixivなど作者のレベルが比較的高い場所で活動をしてみてはいかがでしょうか？ (2019年4月1日 23時) (レス) id: 187c3cfb3f (このIDを非表示/違反報告)
十弧(プロフ) - 月崎伊吹さん» コメント並びに身に余るお言葉、有難う御座います！ぱっと思いつくままに書き綴っていたのですが、しっかりと楽しんで頂けたようで嬉しい限りです。更新は不定期になりますがこれからもご期待に添えるよう精進して参ります故、何卒宜しくお願い致します。 (2019年3月4日 23時) (レス) id: f05eea04c6 (このIDを非表示/違反報告)
月崎伊吹(プロフ) - 作者さんの語彙力の凄さと、表現の美しさに引き込まれました! これからも更新頑張ってください。応援してます。 (2019年3月4日 23時) (レス) id: 275071a833 (このIDを非表示/違反報告)
十弧(プロフ) - 市さん» 申し訳御座いませんお詫びにうちのグロリアが脱ぎますまあ嘘ですけど()新作と言っても続くか分からないネタ庫のようなものなのでゆるーく読んでもらって大丈夫です。 (2019年3月2日 10時) (レス) id: f05eea04c6 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
