検索窓
今日:2 hit、昨日:4 hit、合計:6,367 hit

カクテルは錯覚する ページ3

××


それは決して約束された物ではなかった。どちらかが会おうと言うわけでもなく、ただふらりとこの酒場に足を踏み入れる。偶々会えれば一緒にカウンター席に着き、会えなければ一人でカウンター席に着いてアルコールの類を摂取する。例え数ヶ月会えずとも問題は無い。結局、酒なんて心に溜まった毒を忘却の炉へと運ぶ為だけの物だ。二人で飲もうが一人で飲もうが変わらない。強いて利点を言えば、二人揃うと目新しい情報に触れる事が出来るくらいか。
彼女らはお互いがお互いにとって何者にも代え難い友人であったが、それを口に出して場を感動的な雰囲気で包む事は殆ど無かった。かと言って、「言葉にせずとも分かる」などという以心伝心的な絆がある訳でもない。ただ、少しだけ現実に疲れて流れ着いた地下の酒場。そこで公には出来ない仕事上の愚痴や、稚拙な夢を気の済むまで吐き出す。それだけが彼女達を結ぶ行為だった。


リーリヤがその酒場へ足を向けようと思い立ったのは、黒い烏も眠りに就いた午前三時の事だった。それまでは順調に万年筆を動かしていたのだが、ふと嫌な感覚に襲われたのだ。「自分は全くの見当外れを綴っているのではないか」「こんな物、何の意味も持たないのではないか」「これが本当に自分のするべき事なのか」その他諸々の取り留めもない不安が犇めき、どうにも続きが思い浮かばない。これではいけないと思い、彼女は厚手のコートを手に玄関の扉を開けたのだ。

この種類の不安感は此処数年、特にリーリヤが夜中に執筆をしている時に姿を見せるようになった。彼女も初めこそ戸惑いを禁じ得なかったが、やがて日を追う毎にこれは宿命なのだと飲み込む事が出来るようになった。作家としての宿命。所詮、自身の文に心の底から酔いしれる事が出来るのは、最初の間だけだ。原稿用紙を文字で汚していくうち、段々と心には疑問が芽生えて来る。これで良いのか、読者に伝えたい事が届くのか、そもそもこの仕事は人生において意味を為すのか。考え始めると抜け出せなくなる。その思考回路は、まるで渦を巻く底無し沼の様だ。
そんな時、リーリヤは酒を求める。元々アルコールには強い方だが、生活がそう楽ではない事もあって頻繁には口をつけない。だが、最早人間から悩みを消し去ってくれるのは酒だけなのだ。その他の方法は、世界の成長と共に衰退して行った。ならばもう、ウォトカの瓶に手を伸ばす以外助かる術は無い。

カクテルは錯覚する→←参考文献



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 9.7/10 (23 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
4人がお気に入り
設定タグ:オリジナル , 創作 , 短編集 , オリジナル作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

ニックネーム: 感想:  ログイン

十弧(プロフ) - ナ子さん» コメント有難う御座います。身に余るお言葉を頂けて嬉しい限りです…!殆ど好きだけで書き殴っているのでまだまだ至らぬ点など多々見られると思いますが、楽しんで頂けたようで作者冥利につきます。不定期更新ですが、これからも何卒宜しくお願い致します! (2019年1月19日 15時) (レス) id: f05eea04c6 (このIDを非表示/違反報告)
ナ子 - 読ませていただきました…こんなに面白い文章を書ける人がいたなんて…と少々驚いています。舞台となっているロシアについても細かく描写されていて尊敬します。これからも頑張ってください! (2019年1月19日 9時) (レス) id: 5e3a342151 (このIDを非表示/違反報告)
十弧(プロフ) - 白林檎さん» コメント有難う御座います。そのような温かいお言葉を頂けて嬉しい限りで御座います…!一次創作は初めての試みで慣れない事もありますが、楽しんで頂けて幸いです。これからもご期待に添えるよう精進して参りますので、何卒宜しくお願い致します! (2018年9月2日 18時) (レス) id: f05eea04c6 (このIDを非表示/違反報告)
白林檎(プロフ) - 初コメ失礼します。とても繊細な文章、作者様の語彙の豊富さが垣間見えるようです。占いツクールでこのような良作に出会えたことに感謝します笑 一次創作は中々売れづらいとは思いますが、応援しています。頑張って下さい! (2018年9月2日 17時) (携帯から) (レス) id: b3533b2202 (このIDを非表示/違反報告)

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名:十弧 | 作者ホームページ:なし  
作成日時:2018年9月1日 0時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。