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「……A」
松本さんの静かな声。
「……振り向くなよ」
え？なにこれ？
暑いはずなのに、体が凍えるように寒い。
どうしたの？と聞き返そうとして、やっと自らの異変に気付く。
声が出ない。
足を一歩踏み出そうとして、足も動かないことに気付く。
なのに。
体が動き出した。
さっき櫻井さんが蹴り飛ばした鎌が足元に転がってる。
自らの意志ではなく、それを手に持つ。
いやだ。
何するつもりなの？
鎌を持ち上げて、自分の手が自分の首に鎌を当てようとしていて動揺した。
つまり私は、自分の手に持つ鎌で、自分を殺そうとしてる。
「A」
皆が絶句して、動かなくなった。
……A、聞こえる？
櫻井さんの声！
……体が動かないの！
……乗っ取られた？
……多分。
……大野さんがいるのに？
そうだ。
どうして？
大野さんが一歩、私の方に向かって近づいてきた。
「近寄るな」
中の虫が。私の声で喋った。
……私じゃない！勝手に声が！
櫻井さんがええー！ってなってる。
あたふた。
……櫻井さん、どうしよう！
「まただよ！Aまた乗っ取られたバカ！」
「あー、また……？」
二宮さんが松本さんに何か話しかけて、櫻井さんが横で一つ頷いた。
私今にも自分に殺されそうなのに三人こそこそ話してて、こっちから目をそらしてるー！
私を無視しないで！
私が私を殺しちゃう！
そう思った瞬間、ひたひたと。
私の感情を暗いものが押し寄せてきた。
どうせ櫻井さんは私のことを裏切るんだ。
私がどれほど櫻井さんを好きでも、
櫻井さんは私じゃない人を選ぶんでしょう。
悲しい。苦しい。
ひどい。
それならいっそ、貴方を殺して……
「A、俺のこと好き？」
櫻井さんが私に聞いてきた。
中の虫の感情がぐらりと揺れる。
ついでに私も動揺した。
「俺もAのこと好きなのに、裏切るわけねーじゃん」
櫻井さんの言葉に中の虫がゾワリと動いた。
「もし俺がAを裏切ったら」
「……」
「俺を殺してもいいよ。許す」
櫻井さんがそう言った瞬間、松本さんが叫んだ。
「出た！脇腹！4時の方向！」
二宮さんの髪がふわっと浮き上がって、周りが一瞬光ったように見えた。
二宮さんが妖艶に微笑む。
冷たい目で前を見据えた。美しい。
「悪霊ごときが妾の前に姿を現すでない、身の程を弁えよ」
わお。女神様降臨してる。
「邪魔じゃ」
二宮さんの手首が翻って手刀が空を切った。
空を切り裂く光が見えた。
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作者名：よしの
| 作者ホームページ：
作成日時：2020年3月5日 16時
