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翌日。
会社のフロントの横にある事務所の掲示板には人だかりができていた。
ああ、辞令が貼られてるんだ。
見たくない。
とりあえず、一応課長の名前を探して、ロンドン支社長、って書いてあるのをみて、係長、大野智って見て、大きなため息が出た。
すぐ横に人の気配がして目を上げたら、横に櫻井くんが立っていた。
「おはようございます、チーフ」
「おはよう」
「昨日泣いてたのって、これ？」
「……」
「だよね」
櫻井くんが、見たことないような凛々しい顔で辞令を見つめている。
「あの涙ってどういう意味？」
「……」
「ただ単に、部下として？」
「……え」
思わず顔を見上げた。
櫻井くんはまだ険しい表情で、前をまっすぐ見てる。
「正直、課長の辞令、俺はすげー嬉しいです」
「え？なんで？」
思わずスーツの袖をぐっと、掴んだ。
櫻井くんが冷たい目で、私の手を見て、それからゆっくり私と目を合わせた。
「上司の栄転を一部下として心から喜んでいます」
「……まあ、そうだよね、私も、そうだよ……」
櫻井くんの袖を握ったまま、はあ、と小さくため息が出た。
「一個人としては」
「……」
「違う気持ちも多かれ少なかれ、入ってることは否定しません」
政治家みたいな言い回しだな。なんてことぼんやりとした頭で思う。
えっとつまり？違う気持ちも入ってるってことよね。
「どういう意味？」
「ご自分の胸に手を当てて考えてみなさい」
そういって、私の手を振り払った。
振り払った腕越しに見えた櫻井くんの右目が、信じられないくらい鋭くて。
そのままクルリと踵を返して背を向けて歩いて行った。
怒ってる。
怒られた。
３つも下の後輩にガチで怒られる先輩A。
考えてみなさい、ってなんで命令形なの。
っていうか怒ってる櫻井くん、すっごいカッコよかったんだけど何あれ。
いつものかわいい櫻井くんどこいったの。
昨日の、マーブルチョコ手に乗せて、唇をかみしめるみたいな笑い方してたかわいい櫻井くん、どこ行ったの。
まだ前のデータ焼き付いたまま肘で輪転機のスタート押しちゃって、わー！まって！止まって！って輪転機に話かけてた可愛い櫻井くんは？
携帯に出るときに間違えて『いつもお世話になっております！』って会社の電話みたいに出ちゃった可愛い櫻井くんは？
っていうか、胸に手を当てて？
胸に手を当ててみた。
ドキドキしてる。
怒ってる櫻井くんがカッコよくて？
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作者名：よしの
| 作者ホームページ：
作成日時：2016年3月29日 21時
