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沖田side
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病室の扉をノックして、開ける。
山崎はベッドの上で身を起こし、窓の外に目をやっていた。
「…山崎、」
「あ、来てくれたんですね」
山崎の両腕には白い包帯やらなんやらが幾重にも巻かれていて、痛々しさを放っていた。
なんと声をかければいいのか迷っている俺に、山崎は困ったように笑った。
「いいんです、自分が悪いので。…これも、すみませんでした」
ベッドに備え付けられたテーブルを目で指し示す山崎。テーブルの上に載っていたのは、古ぼけた楽譜。
《さかさま少女のためのピアノソナタ》だった。
「お前、何でこれを」
「時が止まるなんて本当かと思って、勝手に借りて弾いちゃったんです。ミスったんですけどね」
そういや、山崎は俺が楽譜をリュックにしまっているところをみていた。俺が教員と話している間にリュックから取ったのだろう。
…山崎は、もうピアノを弾くことはおろか、日常生活さえまともに送れなくなってしまったのだ。
弾き間違えたら腕を失う。
この曲のもうひとつの噂も真実だということが、実証されてしまった。
本来ならば勝手に荷物を漁られたことや、楽譜を奪われたことに怒っていいのかもしれない。だが、目の前で大怪我をおって頭を下げる山崎に、怒る気も何も湧いてこなかった。
黙って譜面をテーブルの上から取り上げる。
「自分の責任なんで、仕方ないんです。なんとか、やっていきます」
山崎は眉を下げたまま笑った。
***
ピアノの前の椅子に腰を下ろせば、その瞬間だけは、審査員も鋭い目を俺に向ける。
以前教員に紹介されたオーディション。
俺は今、その真っ只中だ。
あのあと、オーディションの存在を知っていたらしい山崎に言われた。
「厚かましいとは分かっているんですけど、頑張ってください」
山崎は俺がオーディションを受ける気でいると思っているのだろう。
…怪我をした後輩の応援を無下にはできない。
すぐに俺は、オーディション参加の意志をを教員に告げたのだった。
そして、今。
審査員が見る中、俺は鍵盤に両手を這わせて、息を吸う。
曲は、平均律クラヴィーア曲集、第一巻第一番。バッハの有名な曲のひとつだ。
ポピュラーなあまり、この曲をコンクールなどの審査の場で弾くピアニストはあまりいない。今回のオーディションは平均律クラヴィーア曲集から一曲自分で選ぶものだったが、俺の他に弾いている人はいなかった。
気合を入れて音を鳴らすも──すぐに審査員の意識が散ったのが伝わった。
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みるくれーぷあいす(プロフ) - ちぃなさん» ありがとうございます!これからも楽しんでいただけると嬉しいです。 (2019年10月30日 16時) (レス) id: 147ef4680d (このIDを非表示/違反報告)
ちぃな - ホラー好きなので嬉しいです!更新楽しみにしてます。 (2019年10月29日 14時) (レス) id: 43ae00df60 (このIDを非表示/違反報告)
みるくれーぷあいす(プロフ) - 綾葉メグさん» ありがとうございます!マイペースな更新ですが、これからもよろしくお願いします。 (2019年10月27日 17時) (レス) id: 147ef4680d (このIDを非表示/違反報告)
綾葉メグ(プロフ) - 面白いです!更新楽しみにしてます! (2019年10月27日 15時) (レス) id: fe3feae032 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:みるくれーぷあいす | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/ykoma1218/
作成日時:2019年10月15日 1時