公園の読書会【紫】 ページ4
…顔をあげると
落ちて来たサッカーボールを両手で拾い上げたところだったその人もまた
ちょうどふと、こちらを見たのがわかった
ずっと本ばかり見ていたから、咄嗟に焦点が合わず
もう、すっかり日は暮れかけていたーー…
「ーー…」
「…ははは、100回達成したもんで」
…目を逸らすタイミングを逸した言い訳をするように。
さっきから聴こえていた声が、今度は私に向って放たれーー…
「あ…おめでとうございます」
釣られた私が思わず言葉を返すと
…ようやく焦点の合った目は
Tシャツとジャージ姿の人が、恥ずかしそうに笑うのを捉えた。
…
「…よっぽど面白いん？ それ」
「え…？」
がしゃーん
キュキュッ
ごくごくごく…
「いやー、えらい熱心に読んではるから、よっぽどおもろいんやろなあって」
立ち上がるきっかけを探す私に
またすぐそこの自動販売機で新たに水を買った彼は、その場で一気に飲み干しながら早口で尋ねた。
「…いや、意味は全然わからないんですけど」
「なんて？」
…期待されているような答えができるわけでもないと
曖昧に誤摩化そうにも
語気が強いし食い気味に聞き返してくるし
「詩集で、何を言っているのかは全然わからないんですけど、それがよくて」
「ははは！ どゆこと！？ わからんのがええんや」
テンポが、変だったこの人は
初対面とは思えない距離の詰め方で顔中を皺くちゃにして笑い
「いや…わからないのがいいっていうよりは、なんていうか…」
「うん。何？ あ、宮沢賢治？」
彼は横に置いた本をちらりと覗き込み
汗を払うように頭を振りながら、どさっと隣に座り矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。
「…そう、ちゃんと読むのは初めてだったんですけど、言葉の選び方がすごくて」
「そうなん？ 俺も全然読んだことないなあ」
…からかわれているのだろうか
彼は“ちょっと拝借”といった素振りで文庫本を拾い上げ
「…唯一無二の言葉なんです、それでたぶん、彼にしか見えない世界を描き出してるんですけど」
“ははは、ほんまに意味わからんな”と歯を見せながら笑う。
「…それってつまりすごく孤独だと思うんです。だって戦前の岩手で、周囲に理解者もいない中でこんな感性を持ってるって苦しいと思うから」
…気がつくと、言う必要のないことまで話していて
「…それがよかったん？」
「…はい、意味がわからないかもしれないですけど、それがよかったんです」
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 748人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
たまご(プロフ) - okmrernさん» あ、なんか途中で送信しちゃったごめんなさい…！引き続きよろしくお願いします！ (2020年6月2日 17時) (
レス) id: 8c4f156e76 (このIDを非表示/違反報告)
たまご(プロフ) - okmrernさん» okmrernさま、お久しぶりですありがとうございます！ここまでされても私はこの村上信五とつきあいたい (2020年6月2日 17時) (レス) id: 8c4f156e76 (このIDを非表示/違反報告)
たまご(プロフ) - ブルームーンさん» ブルームーンさま、お久しぶりですありがとうございます！ラスボスは一番そばにいるということでひとつ…！ (2020年6月2日 17時) (レス) id: 8c4f156e76 (このIDを非表示/違反報告)
たまご(プロフ) - ぐふ。さん» ぐふ。さま、初めてのコメントうれしいですー！！信五最強説です…！そしてビリヤード！素敵ですねそれ…ただ友達がいる設定にしてしまったなあの店員さん…… (2020年6月2日 17時) (レス) id: 8c4f156e76 (このIDを非表示/違反報告)
たまご(プロフ) - ゆき姉さん» ゆきえさん！コメントありがとうございます嬉しい！ほんとしんどい話でごめんなさいね…いつもありがとうございます！ (2020年6月2日 17時) (レス) id: 8c4f156e76 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：たまご
| 作成日時：2019年8月18日 23時
