陰翳の果実 最終楽章

５時を告げる音【紫】 ページ17

…人に話すという行為は喜びに満ち、癒やしの効能があるのだとしみじみと知った


話している内容はあまりにも薄汚い私の過ち、なのに

私はずっとこんな風に落ち着いて、誰かに聞いてもらうことを待ちわびていたようにすら思った


…ずっとこうしてここで生きていることを、誰かに知ってほしかったのだと思った




隣の彼は黙って聞いていた

…ううん、適宜 続きを促す相槌を打った



11月の陽は短かった

桜の葉は紅に色づき


秋の桜は桜もみじと呼ぶって、いつか部室で教えてくれたのは忠義だったかなあと思う



もらった緑茶はもうとっくに冷め切って

私の冷たい指先はそれでも、その小さなペットボトルをお守りのように握りしめていた



「…この間、その、横山さんて方が、うちを訪ねてきたんです」


「うん。…あ、その前の彼氏言うやつが見つかったん？」



「…いえ、“忘れないでやってほしい”って。彼のことを」


「……」



「…だから」



…だから。




そこまで言って、私は立ち上がる

…少し、清々しい気持ちで立ち上がる



「だから…、ごめんなさい逃げました、さっき」


もう日の沈んでしまった暗い公園

真っすぐな脛を投げ出してベンチに座ったままの彼に向き合って、けじめをつけるように私は頭を下げた。



「……」


彼はなんだかちょっと、考えているみたいだった

珍しく黙って眉間に皺を寄せて少し空中に視線を泳がせていた


それから何故かはにかんだように少し笑い


ちょいちょい、と私に手招きをした




「…？」



「お茶」


「ああ…」


左手に握っていた冷め切ったペットボトル

それを彼に差し出そうと手を伸ばす



するとぎゅっとその手首を掴まれーー…



「ーー…っ、」



ーー… そのまま引き寄せられ


ゆらりと私はバランスを崩す



たちまち座る彼の身体の上へバランスを崩しーー…




…その時 公園には

ぷつりとスイッチの入ったような音がした後 ５時を告げる音楽が響き始める



ああ、子どもの頃に引き戻されるようなドボルザークの「家路」





“遠き山に日は落ちて”ーー…




「ーー…」


「冷たっ」




ーー彼の左頬が私の左頬に触れていた


彼は はははと笑っていた




彼の両腕は



私の背中にぎゅっと回されていたーー…

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