夏の終わり ページ2
“雨にも負けず”
“風にも負けず”
“雪にも夏の暑さにも負けぬ”
“丈夫な身体を持ち”
“欲はなく”
“決して怒らず”
“いつも静かに笑っている”
…何をしていても
ずっとこの詩が頭を回るーー…
「…A、今日は調子はどう？」
「ん…散歩でもしてこようかな」
「…無理しなくていいからね」
時計を見ると、16時を回っていた
…実の娘に気を遣い言葉を選ぶ母親に申し訳なくて
閉め切った部屋、ベッド脇に座り込んでいた私は、“よいしょ”と声に出してようやく立ち上がる
化粧もせず、適当な服に着替え
お母さんのつっかけに足を差し入れ、よろよろと玄関ドアを押し開ける
「ーー…」
覚悟していたような蒸し暑さはそこにはなく
拍子抜けするような冷たく湿った匂い
…ああ、もう夏も終わるのだと知った
“いいから、家に帰って来なさい”
“でも隆平さん帰って来るかもーー…”
“…あなたももうわかっているんでしょう！？”
…あの後暫く一人暮らし続けたあの家を
連絡のつかない娘に業を煮やした母親が訪ねて来たのは、桜が散った頃だった
…大学の頃に事件を起こして、なんとか社会復帰をして恋人を作り出ていった娘が
誰もいない家で錯乱したように“ここで待つ”と泣き叫ぶ姿を見て
…私はお母さんの涙を久しぶりに見た
…おじいちゃんが死んだ時以来だな、と
何故か冷静に想い出したりした
親不孝な娘
いつまで経っても心配ばかりかけて
お父さんもお母さんも、真っ当な人なのに
私は一体何を間違え
何が欠けているんだろう
“みんなにでくのぼうと呼ばれ”
“褒められもせず 苦にもされず”
“そういうものに 私はなりたい”
…夏の終わりの16時は、誰もいない小学校の教室のような匂いがした
“帰りの会”が終わって、教室に残り誰に見せる宛もない詩を書いていた私は
世界を手に入れた気がして、何故か得意げだった
“今は誰にも見せないけれど”
“いつか誰かが私を見つけてくれるかもしれない”
…そんな予感に密かに胸を高鳴らせていた
身の程知らずの、未来を疑わない子どもーー…
いつもの散歩コースを外れた私は、昔通った古本屋さんの前を通りかかる
投げ売られるように軒先に並べられた文庫本たちの中に
“新編 宮沢賢治詩集”
100円ーー…
…文学部出身の癖にちゃんと読んだことすらないやと気づき
辛うじてポケットに入れていた千円札で支払った
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 748人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
たまご(プロフ) - okmrernさん» あ、なんか途中で送信しちゃったごめんなさい…！引き続きよろしくお願いします！ (2020年6月2日 17時) (
レス) id: 8c4f156e76 (このIDを非表示/違反報告)
たまご(プロフ) - okmrernさん» okmrernさま、お久しぶりですありがとうございます！ここまでされても私はこの村上信五とつきあいたい (2020年6月2日 17時) (レス) id: 8c4f156e76 (このIDを非表示/違反報告)
たまご(プロフ) - ブルームーンさん» ブルームーンさま、お久しぶりですありがとうございます！ラスボスは一番そばにいるということでひとつ…！ (2020年6月2日 17時) (レス) id: 8c4f156e76 (このIDを非表示/違反報告)
たまご(プロフ) - ぐふ。さん» ぐふ。さま、初めてのコメントうれしいですー！！信五最強説です…！そしてビリヤード！素敵ですねそれ…ただ友達がいる設定にしてしまったなあの店員さん…… (2020年6月2日 17時) (レス) id: 8c4f156e76 (このIDを非表示/違反報告)
たまご(プロフ) - ゆき姉さん» ゆきえさん！コメントありがとうございます嬉しい！ほんとしんどい話でごめんなさいね…いつもありがとうございます！ (2020年6月2日 17時) (レス) id: 8c4f156e76 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：たまご
| 作成日時：2019年8月18日 23時
