短編／虹の雨あがり

初恋ごっこ【橙】３ ページ30

“Aさんがこの12月で転校することになりました”


“えー”



…このやりとりにも、もう慣れていたから。


卒業間近の冬、私は黒板の前に立ちみんなに別れの挨拶をする。


目の端で捉える窓際に座る彼はじっと俯き机を凝視していて、

最後まで私のほうを見ることはなかった。


あっという間に迎えた終業式

京都の冬はしん、と寒い

みんなと交わした“手紙書くからね”の約束もきっと２、３往復すれば途絶えるのだと知りながら…



…ちゃんと挨拶もしないまま気づけば、彼の姿はもう教室にはなく



“A、もう片付け済んだの？ 引っ越し明日だよ”


“うん…ねえ、ちょっと私、お散歩してくるね”



ーー…もしかしたらあの子が神社にいたりしないかって


冬の夕方、もう日の沈みゆく中 お母さんの制止も聞かず私は走り出す


悪いお姉さんやお兄さんがいないことを祈りながら…



「ーー…」



…走ったから


顔はひんやりと冷たいのに、トレーナーの内側はむわっと熱かった


口の中に広がる血の味を飲み込みながら境内を見渡したけれどーー…



彼の姿は、そこにはなかった。



そのまま帰ろうと歩き出してから…

私は振り返り、境内を囲む林の中をずんずんと進む。


侵入者を阻むように ちくちくした小さな枝が生えた木がみっしりと植えてあって


その中をほとんどしゃがみながら探検隊のように進む



…あった



土の上に転がる、ねずみ色の石ーー…



…誰にも届かなかった石


あの子の、ぶつける宛のない気持ちーー…


「ーー…」


私はそれをひとつ拾い。


手のひらで土ぼこりを払い、ポケットに仕舞い帰ったのだった。





“A、たぶんあなた宛に何かポストに入ってたよ”


…お母さんにそう言われたのは翌朝、引っ越し当日のことで


宛名も差出人もない、オレンジ色の封筒


中を開けると、スヌーピーが寝転ぶハンカチが一枚、入っていた。




…


あれから、何年が経ったのだろう

薄いベールのかかった記憶


スヌーピーのハンカチはいつの間にか失くしてしまったけれど

幾度の引っ越しや断捨離を経ても何故かこの石だけはずっと私の手元に在り続けた



…こんなもの持ってきて、今更どうするんだろう


見せたところできっと気持ち悪いと苦笑されて終わるだろうに


ちらりと覗くと、鞄の内ポケットの中に

何の変哲もない まあるい石が


リップの下で居心地の悪そうに身体を横たえていた

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