短編／虹の雨あがり

ドラえもんの夜【紫】５ ページ14

眠れる、はずがなかった。




「ーー……」



規則的な寝息が おでこをふわりと撫でて

上下する胸が、その温度が、すぐそこにあった。




この数時間の展開の急激さに、私の心臓はいまだに落ち着かないというのにこの人は、


明日へのエネルギーを充電するように、ただひたすら眠っているーー…





拍子抜けしたような…



ううん、がっかり、してるのかな、私は。





「んー…」


私の前髪がくすぐったかったようで、眠りながら鼻を掻く、その仕草…



ひとりの、30代の男のひとなのに
身体だってそんなに大きくなくて、ぼさぼさの髪で口を開けて眠るこの寝顔は少年のようにあどけなくて



なのにこのひとは普段


…どれだけのものを、背負っているんだろう。





…抱く、ことさえしてもらえなかった私に。


…私に、何ができるんだろう。




……



それから、一度そっとベッドを抜け出して、「お借りします」とつぶやいてシャワーを借りて。

寝室に戻ったら加湿器の水が切れていたから、給水して。



また静かにベッドに戻ったら。




「おー…どこ行ってた？」


彼が目を閉じたまま、私をふわりと抱きしめ直す。



「…ごめんなさい、シャワーお借りしました。あと、加湿器にお水…」


彼をあまり覚醒させないようにと、小さく答える。




すると彼は、そのまま ふふ、と小声で笑って。



「…ドラえもんみたいな奴やな。いっつもほしいもんくれるわ」



……


…たぶん彼はほとんど、夢の中で話していた。

きっと、明日になったら覚えていないであろう、小ささで。




「…俺、もともとはのび太みたいなやつやったんやで。同期二人と違うて…なんもないやんって…」



こぼれ落ちた言葉は、遮光カーテンの引かれた暗い部屋に溶け込んでいくーー…






「…おやすみなさい」


私は彼の腕から這い出て、少し上に上がり、逆に彼をそっと胸の中で抱きしめる。


また眠りに落ちていく彼の腕が無意識に、私の背中を回る。



私はその髪を、何度も撫でる。

その少し堅い髪を、何度も。





……


私は自分のした“役割”の話を想い出す。


彼が、のび太に戻る夜があるのなら。


私は、猫の手も借りたいほど忙しい彼の、猫型ロボットにーー…





…せめて、こんな夜くらいは。

ドラえもんの夜【紫】６→←ドラえもんの夜【紫】４

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す