春鉛 #2 (ページ30)

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オアシスだと思っていたところは、どうやら幻想だったようだ。

「Aちゃんってあぁいうのがタイプなんだ、へぇ」

慎太郎さんはそう言って横目で私を見ながら笑う。

最初はのらりくらりと交わしていたけど、何度も何度も言われるので、最終的にはもう否定するのも面倒になり、ただひたすらにその横で無駄にビールを体に流し込むだけの人間になる。

「おい、慎太郎、仕事ー！」って慎太郎さんを大将が呼ぶ。
「はーい、今いきまーす」とは席を立ち上がった慎太郎さん。そこでやっと解放された、とホッと肩を撫で下ろした。

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「気をつけて帰ってね」

「はーい」

お会計を終え、慎太郎さんに見送られながら店を出ようとしたときだった。

ちょうど、店の入り口が開く。
避けようとしたけど、数秒遅くぶつかってしまった。

「あ、すみませ、ん」

「こちらこそ、すみません」

慌てて顔を上げると、そこには見慣れた顔があった。

「…あ、Aさん」

「松村さん、」

どうも、と互いに頭を下げる。
ふわっと香る松村さんの匂いが鼻先を掠める。

【Aちゃんの気になる人って、北斗でしょ】

慎太郎さんがさっき耳元で囁いた言葉が急に頭の中に蘇る。

そのせいか、妙に意識しちゃって松村さんの顔をまともに見ることができない。

困って慎太郎さんのほうに視線を向けるも、視線の先にはニヤニヤしてる人しかいなくて絶望した。

くそ、慎太郎さん楽しんでる。絶対。

「Aさん、もう帰るところ？」

「あ、はい」

ぎこちなくなる会話。
何か言わなきゃ、って考えてたら後ろから「北斗送ってやれよー」なんて慎太郎さんの声。

「そうね、送りますよ」

「いやいや、松村さん飲みにきたんでしょ？私なら大丈夫ですから」

全力でお断りしようとしたら「Aちゃん、ここは素直に送られときなさい」なんて慎太郎さんが余計な援護射撃をしてくるから、思わず睨む。
慎太郎さんはそんなのどこ吹く風でイヒヒって笑ってる。

「でも、」

「別に飲みに来たわけじゃないんで、俺。もしかしたらAさん来てるかなーって思って寄っただけなんで」

「じゃあちょうどいいじゃん！」

ほれほれ早よ行った行った！って慎太郎さんに背中を押され、松村さんと共に店の外へと押し出された。

ゆっくり吹く夜風が頬を撫でる。

「じゃ、行きますか」

松村さんはそう言うとふわり、と笑った。

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