春鉛 (ページ27)

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27:もう少しだけページ27

いつもと同じ、家へと続く道を歩く。
でも、今日は隣に松村さんがいる。
それだけなのに、見慣れた景色はいつもと全く違って見える。

互いのことを話しながら一歩、また一歩、と進んでいく。

松村さんのことを少しずつだけど知っていく。

サラリーマンをしていること。
就職を機にこちらに出てきたこと。
地元は静岡なこと。
トマトが苦手で、甲殻類アレルギーなこと。
窓辺に小さなフィギュアを飾ってること。
趣味がないから趣味を探すのが趣味だということ。

名前しか知らなかった松村さんにどんどんと肉付けされて、新しい松村さんが見えてくる。

ゆっくり丁寧に、でも時々乱れた言葉で話す松村さんの声はとても心地いい。

「こっちってこんな風になってたんですね」

5年も住んでるのに全然知らなかった、なんて松村さんが街並みを眺めながら笑う。

「向こう側とは全然違いますね、なんか流れてる空気も違う気がする」

「同じ駅なのに？」

そんなに違うかな、なんて面白くなって笑ったら松村さんは少しだけ不満そうな顔。

この人、意外と表情豊かなんだな、と思ったら、もっといろんな顔を知りたいな、なんて。

その感情がどういう種類のものなのかは分からないけど、でも松村さんのことをもっと知りたい、とそう思った。

そんな気持ちを誤魔化すように「あ、家、そこなので」なんて足を止める。

「わざわざありがとうございました」

「いーえ、俺がワガママ言っただけだし」

こちらこそありがとう、って松村さんが笑う。
松村さんのそんな小さな優しさに少しだけ、ほんの少しだけ胸の奥の方が苦しくなる感覚。

「じゃあまた」

松村さんはそう言って手を振り、私を見送ろうとする。
その姿を見たら、また胸の奥がひとつ苦しくなって。

「…Aさん、なんでそんな顔してるんですか」

そんな顔ってどんな顔。
顔を少しだけ上げれば松村さんと目が合う。

「期待しちゃいますよ、そんな顔されたら」

松村さんはそう言うと、また困った顔をする。
眉間に寄った小さなシワに胸がギュッとなるのはなぜだろう。

「松村さん、、？」

「はい？」

「…もう少しだけ、一緒にいてくれたりしませんか」

「それ、俺が言おうとしてたセリフだったのに」

Aさんズルいな、なんて松村さんは困ったように笑った。

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