春鉛 (ページ23)

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23:諭吉ページ23

「やだ！」

「やだってこっちがやだ！」

「そんなの知らねぇよ」

行くぞって強引に進もうとする京本の腕を掴む。

お腹も満たされた私たちはじゃあ帰るか、って店を出た。

そこまではいい。
そこまではよかった。

京本はさも当然のように、「じゃAん家」ってどっち？って聞いてきた。

あぁそうだった、この人、家にまで来る気だった、ってそこで思い出した。

「いや大丈夫！寄り道せず真っ直ぐ帰るから！」

そう言って京本に送られることを拒否したら、最初のやりとりに至ってわけ。

「ほいほい男についてくやつの真っ直ぐ帰るって言葉信じられるわけねぇだろ？！」

「ねぇそれをバカでかい声で言うのやめてくんない？！」

ほら、横を通り過ぎたお兄さんギョッとした顔をしてこっち見てるし。

傍から見たらなんかよくわかんない痴話喧嘩してるカップルにでも見えるんだろうな。

「今日お酒飲んでないし、正常な判断できるから」

あの日だって別に正常な判断が出来ていなかったわけじゃないけど。

「…本当に？」

「本当に」

「本当に本当？」

「本当に本当」

じっと見つめてきた京本が、はぁと短く息を吐く。
そして掴んでいた手の力を緩めた。

「しょうがないなぁ、」

京本が頭を乱雑に掻く。

京本がなんでそんなに家に送りたいのかもよくわからない私にとっては、しょうがないなぁもなんか納得いかないけど。

「じゃあタクシー乗ってよ」

「は？」

「家まで送るのはやめるから、せめて歩いて帰るな。タクシー乗れ」

「いやいや、ちょっと」

駅から多少歩くとはいえ、タクシー乗るほどの距離でもないし。ワンメーター行かない距離走らされる運転手さんの身にもなってみてよ。ガッカリ感半端なくない？

「京本の私に対する信用度どんだけ低いの」

「低いっつーかマイナス」

「ひど」

「だから、タクシー乗れ」

だから、の理由が意味わかんないけど。

でもこのまままたあぁだこうだ言ったらさっきの二の舞になることはわかりきったことで。

京本は変なところで頑固だから、私が折れるまでこの話は平行線になりそうだし。

「…わかったよ、もう、乗る！タクシー乗るから」

私の言葉にやっと京本の顔は少しだけ緩んだ。

「これ使って」

そう言って握らされた諭吉さん。

いや、坊っちゃんワンメーターの距離に諭吉さんいらんよ。

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