16.minowa(そのときはきみの蟀谷で優しく引き金を) ページ27
ぼくは彼女のすべてを知らない。
彼女もぼくのすべてを知らないけど、Aはたぶんその暗い瞳ですべてをみているのだと思う。おれは馬鹿だからそんなことはできなくて、彼女の過去については彼女の口から出てきたことしか知らない。彼女が見てきたものの凄惨さや美しさを知らないから、時々彼女の言葉が表す美しさや残酷さをきちんと理解できているか不安になることがある。
今のこれもそのひとつで。
「君はさぁ、引き金を引いてくれる人だよね?」
きみは、という彼女の瞳は相変わらず暗くて心配になる。心配になるけど、それよりも先に質問の意味がやっぱりわからなくて。
「ひきがね?」
「引き金。」
毒苺酒の瓶を抱えている彼女の手が片方彼女のこめかみに伸びる。
そうして人差し指をこめかみにつきさして、ばーん、とやってみせた。
「これを、やってくれるよね」
先程まで語尾についていた疑問符は消え、断定の意志が強くなったような気がして、頷くに頷けなくなる。
「わたしがこれ以上ないってくらい幸せなときに、わたしのことを、殺してくれるよね?」
しなせてくれるよね、ではなくて殺してくれるよね、と言うのは彼女の性格のようなものだ。少し前までは毒でしぬのがお望みだったようだが銃に変わったようである。
「…いいけど、それはいつなの」
ん〜?とここに来てはじめてにんまりと笑う彼女を見て嵌められたと思った。
「腹上死が、いいなぁ。」
わかりやすいと言えばわかりやすいがあまりにも文学的すぎて素人には少し辛いお強請り。
「…煽ったのは、俺じゃないかんな。」
未だ片腕にひしと抱いている毒苺酒の瓶をローテーブルの上に移動させて、漸く自分のものになった両腕をまとめあげて、取り敢えず逃げ道を塞いでおく。別に逃げられたことはないがなんとなくきれいに誘導されて腹がたったのでその腹いせのようなもの。
「はやく、ころして。」
文字通りの殺し文句だ、とは言わないでおいた。
どのみち今日殺すつもりもなければ明日殺すつもりもなく、半世紀後も殺すつもりはない。
幸せなところから落ちるのが怖くて幸せの絶頂でしにたいのなら、ずっと右肩上がりでいればいいだけの話なのだから。
でも、もしも、万が一。
おれがそれを遂行できないとわかったときはお望み通りきっと、おれは銃口をきみの蟀谷に押し当てて、引き金を引くのだ。
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そら(プロフ) - 京極さんのお話書いてくださりありがとうございました、素敵なお話で最高でした。これからもお話楽しみにしています。🙇🏻♀️ (2024年1月27日 22時) (レス) id: 794dd15670 (このIDを非表示/違反報告)
capoeira - ヤスさんのお話、ありがとうございました!凄く良かったです!感激!🥺 (2024年1月18日 19時) (レス) @page25 id: 7e00ae5964 (このIDを非表示/違反報告)
リーマニ(プロフ) - 初めまして、コメント失礼します!めちゃくちゃ面白かったです!どれもすきなのですが、特に箕輪さんとプロポーズ大作戦の言葉選びがすきです! (2023年12月9日 0時) (レス) @page21 id: 4f1bfd18a5 (このIDを非表示/違反報告)
そら(プロフ) - コメント失礼します。言葉選びが最高で、神すぎる作品です!これからも楽しみにしています。リクエストなんですが、9番街レトロの京極さんで好きと表してるけど鈍感なので気づかないお話出来ればお願い致します。 (2023年11月25日 5時) (レス) id: 794dd15670 (このIDを非表示/違反報告)
capoeira - 初めてメールさせていただきます…!ヤスさんの話とっても良かったです✨ リクエストなのですが、ナイチンゲールダンスのヤスさんで、劇場を見に来た人に一目惚れするというお話をお願いします🙇 (2023年10月27日 17時) (レス) id: 7e00ae5964 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:まるもち | 作成日時:2023年8月1日 17時