1.yasu(延命的操作のような、) ページ3
「ただいま」と、厳密には自分の家ではないがそう告げる。
いつもは台所や洗面所やリビングや書斎から聞こえる「おかえり」がなくて首を捻る。別に引きこもりとかではないが、彼女は夜中か朝にしか外に出ないようなタイプなので、こんな時間に鍵を開け放したままどこかに出かけるなんてことはないはずだ。
くつを脱いでふと正面のベランダに目をやると、カーテンがゆるりふわりと凪いでいて、最悪のケースが頭を過ぎった。
いつだったか、死にたいとまでは思わないけど静かに消えれたらいいのに、という作中のセリフが唯一の自己の投影だとラジオで言っていたのを思い出して指先が冷たくなる。
彼女はきっと言うだろう。「死ぬ時はひとりなんだから、あ、死ねる。と思ったときに死ぬべきだよ」と。やめてくれ、今いなくならないで、そんなことが頭をぐるぐるして歩いて20歩くらいのベランダまでの距離がやけに遠かった。
「!」
でも、そこに彼女はいた。イヤホンをしているからか、こちらには全く気づかず灰皿がわりの空き缶片手に、星を見ていた。飛び降りる気配なんて更もなく。
トントン、と肩を叩くと、ゆっくり振り返った彼女はノールックで空き缶にまだ長い煙草を突っ込んだ。じゅわ、とわずかに耳にこそばゆい音がして、まだ長かった余命がぷつりと絶たれた。
「わぁ、来ちゃだめだよ」
「なんで?」
「あなた、非喫煙者じゃないの」
「え、おれも吸ってるとこ初めて見たんだけど」
「そりゃまあ、何ヶ月かに1回だしねえ」
それはほぼ非喫煙者と同義みたいなものだろうに、という視線に気づいたらしい彼女は、だって昔は吸ってなかったしたしかにそうかも、と笑う。
「そうなの、最近?」
男ってのは厄介な生き物だから、それが他の男の影響ではなかろうな、と考えてしまうのは、常。
「ん、まあほら、どっかの誰かさんが私より早く生まれちゃったからさ?寿命の
調整ってやつだね」
空き缶をくらくら揺らして彼女が笑う。
ああそうですか、俺のせいですか。
でもそれなら、俺が寿命伸ばしてもいいんでしょ、と言うと彼女はそれで漸く釣り合うかも、1日差くらいで逝くなら許してあげるわ、と笑う。
さっきあって、また離れた目線がふたたびかちあって。
ん、と彼女は笑って「おでん食べる?」と聞いてきた。
食べますとも。その後はあなたのことも。
2. nakaltelin(小夜啼鳥と世を明かす)→←前ページ

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そら(プロフ) - 京極さんのお話書いてくださりありがとうございました、素敵なお話で最高でした。これからもお話楽しみにしています。🙇🏻♀️ (2024年1月27日 22時) (レス) id: 794dd15670 (このIDを非表示/違反報告)
capoeira - ヤスさんのお話、ありがとうございました!凄く良かったです!感激!🥺 (2024年1月18日 19時) (レス) @page25 id: 7e00ae5964 (このIDを非表示/違反報告)
リーマニ(プロフ) - 初めまして、コメント失礼します!めちゃくちゃ面白かったです!どれもすきなのですが、特に箕輪さんとプロポーズ大作戦の言葉選びがすきです! (2023年12月9日 0時) (レス) @page21 id: 4f1bfd18a5 (このIDを非表示/違反報告)
そら(プロフ) - コメント失礼します。言葉選びが最高で、神すぎる作品です!これからも楽しみにしています。リクエストなんですが、9番街レトロの京極さんで好きと表してるけど鈍感なので気づかないお話出来ればお願い致します。 (2023年11月25日 5時) (レス) id: 794dd15670 (このIDを非表示/違反報告)
capoeira - 初めてメールさせていただきます…!ヤスさんの話とっても良かったです✨ リクエストなのですが、ナイチンゲールダンスのヤスさんで、劇場を見に来た人に一目惚れするというお話をお願いします🙇 (2023年10月27日 17時) (レス) id: 7e00ae5964 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:まるもち | 作成日時:2023年8月1日 17時