アリス、悪夢に遭う ページ32
｢お前はアリスだ｡他の名を呼ばれても決して振り返るな｣
さあ行けと何かに背中を押され、Aは一歩踏み出す｡
暗闇で包まれている空間｡前も後ろも分からない｡
だがAはとにかく進むしかなかった｡ここにとどまっていても何も始まらないし、背後に感じる気配が少しずつ近づいている気がしたからだ｡
Aが進むごとに、彼女を呼ぶ声が聞こえた｡
シンデレラ｡スノーホワイト｡ラプンツェル｡
自分はアリスだと言い聞かせ、Aは闇の中を歩く｡
少し離れたところに光が見えた｡速まりそうになる足を抑え、同じ速度で歩を進めていく｡
A、と呼ぶ声がした｡
振り向きそうになる体を必死に前に進ませる｡
何度も繰り返される本当の名前｡耳にふたをしたくてもできない｡
｢A｣
｢ママっ!｣
母親の声で呼ばれては、我慢が効かなかった｡Aは振り返ってしまった｡
そこには母親はおろか誰の姿もない｡ハッとした時にはもう手遅れだった｡急いで光に手を伸ばしたが、光を掴めず｡
｢ごめんなさいごめんなさい｣
誰に謝っているかなど分からなかった｡ただひたすら呪文のように謝罪を繰り返し、迫りくる脅威から逃れようともがく｡
自らに絡みつく何かを払っても、Aを離そうとはしない｡
ごめんなさいという声がだんだん小さくなっていく｡
助けてという言葉は聞こえぬまま、声が途絶えた｡
声も出せずにAは目を覚ました｡
額には汗が浮かび、少し息も上がっている｡
Aは静かに起き上がった｡隣では笹川がいびきをかいて眠っている｡
笹川さん、と名前を呼ぼうとした｡手を伸ばして触れようと思った｡でもAは名前を呼ぶことなく、手を引っ込めた｡
もう一度眠ってしまいたくとも、目はぱっちり冴えていてとてもじゃないが寝られそうになかった｡
Aはそっとベッドから降り、ベランダに向かう｡音を立てぬよう気をつけながら、窓を開けて外に出た｡
空には星たちが競いあうように輝いている｡風がAの頬を優しく撫でた｡Aは体育座りでその場に腰を下ろし、ため息をこぼした｡
保護されてから、何度も同じ夢を見た｡真夜中に目が覚めてしまったのも今日だけではない｡
そのたびに不安が掻き立てられる｡
本当にここにいてもいいのか、と｡
涙が頬を伝う｡誰かが見ているわけじゃないのに、Aは泣き顔をさらしたくなくて膝に顔を埋めた｡
誰かに問いかけたかった｡誰かに答えてほしかった｡
Aがいても迷惑じゃない、と｡
泣き声がやむ頃に、Aの意識は途切れていた｡
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作者名：futureblue�鏡� | 作者ホームページ：http:/
作成日時：2019年5月27日 19時
