56冊目 ページ17
湊の家から出版社までは歩いて数十分の距離だ。歩いているうちに人は増え、ショップが立ち並ぶ街に変貌する。
出版社付近のカフェと言えば一番近いのは小洒落たカフェだ。そこに二人がいることを願う。
見つけたのは奥の方の見えにくい席。Aと嘉川はそこで何やら話をしているようだ。声が小さくて聞き取りにくい。第一、もしかしたらAを編集者に誘うための話ではないかもしれないのだ。少し様子を見ておいてもいいだろう。
「短く言えば―――――――――君のハジメテがほしい」
「ッ!?」
湊は噎せそうになるのを必死に抑えた。落ち着け九条湊、自分の想像するハジメテではないかもしれないじゃないか。
だがどうやら自分の想像したハジメテで合っているらしい。Aの顔が真っ赤になる。
「だが君がOKしてくれれば九条さんはもっと有名になれるよ」
ガンッと鈍器で頭を殴られたような衝撃だった。今の嘉川の言葉が、Aの理性を揺らしているらしい。迷っているのか?俺が有名になれるから?そんなことで、自分の身を渡そうとしているのか?
湊の中で言い表せないほどの怒りが体を支配した。
「Aッ!!!」
嘉川の手を掴もうとしていたAの手を掴んで引っ張る。湊の目はずっと、嘉川を睨んだままだ。
「湊先生!?どうして………」
呆気に取られて湊を見るAのことを湊は気にしない。怒っているのだ。嘉川にも、Aにも。
「嘉川先生、貴方は素晴らしい作家です。恋愛もミステリーもファンタジーも歴史物も、全て書ける。俺なんか到底足元にも及ばない。でも―――」
湊は一瞬、チラリとAを見る。その顔は呆気に取られていて、湊が何で怒っているのか分かっていない顔だった。
「どんなに懇願されても、どんな強硬手段に出ても、Aだけは絶対に渡しません。Aは俺の専属編集者です。だからAは返してもらいます」
行くぞ、と湊は掴んだままのAの手を引っ張った。「え、あ……」と慌てたAは嘉川にすみませんと謝罪した。ズカズカと歩いていく湊と小走りで付いていくA。ただし手はきっちりと繋がられている。
湊先生、と叫びたくなるが止めた。明らかに湊の横顔が怒っている。怒っていて、辛そうな顔だ。
原因は言わずもがな嘉川との話し合いだろう。Aは自分が間違ったことをしようとしていたか自覚がないらしい。
あの時湊が来なかったらAは取っていたんだろう。湊のために。そう思うと苦しかった。
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埋夜冬(プロフ) - 白澤 晴夜さん» ありがとうございます!返信遅れてごめんなさい!キュンキュン出来ていたなら良かったです(*´ω`*) (2019年12月14日 13時) (レス) id: 87a5a46f37 (このIDを非表示/違反報告)
白澤 晴夜(プロフ) - 完結おめでとうございます!!もう最後までキュンキュンしながら読ませて頂きました〜!!この2人には、これからも永遠に幸せでいて欲しいです!!これからも頑張ってください!応援してます! (2019年12月13日 22時) (レス) id: 5742d2c832 (このIDを非表示/違反報告)
埋夜冬(プロフ) - ゼロさん» 返信遅くなりすみません!ドキドキしていただけたなら作者も満足です!次回作もよろしくお願いします! (2019年12月7日 10時) (レス) id: b51b60f8c3 (このIDを非表示/違反報告)
埋夜冬(プロフ) - 唳桜さん» 返信遅くなりすみません!可愛く書けていたなら良かったです!次回作も作ったのでぜひ読んでみてくださいね!この作品を読んでいただきありがとうございました! (2019年12月7日 10時) (レス) id: b51b60f8c3 (このIDを非表示/違反報告)
ゼロ - とても面白かったです。僕自身とても好きなジャンルで読んでてとてもドキドキしました!完結おめでとうございます。これからも応援しています。頑張って下さい(^▽^)/ (2019年12月1日 11時) (レス) id: aaae856515 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:埋夜冬 | 作成日時:2019年8月10日 22時