願い 28 ページ29
花の甘い匂い。風に揺れる花弁。どの花も青い空に向かって咲いていて、凛とした姿をしていた。
「すごいな」
悪魔も感嘆の声を漏らす。色とりどりの花は喜ぶように風に揺られた。
オルバはふわふわと浮いて1周見てきた。その先は崖で下りられないようになっていて、この山で花が咲いているところはここぐらいしか無さそうだ。
Aは思い出の場所を見て、満足そうに息を吐いた。何年経ってもここは変わらない。花のいい匂いを肺いっぱいに吸い込んで、少しむせた。
心配したのか傍に戻ってきた悪魔を手で止めて、大丈夫と意味を込め微笑む。
「A、よくこんなところを知っていたな。途中は道なんて無かったじゃないか」
持ってきていたアウトドアチェアに座ると、悪魔も隣で胡座をかいて座った。と言っても浮いているので胡座の必要性はよく分からない。
「……デートスポットだったの、母さんたちが若かった時の。ここを知っていたのは父さんで、父さんはここでプロポーズした」
Aは目を閉じた。母から何度も聞かされたプロポーズのときの話を思い出す。
今日のように晴天で、風も気持ちいい日。いつもみたいに話していた時に、父から「君がそうやって笑っていられる家庭をつくりたい」と結婚を申し込まれた。母の返事は「もちろん」一択でそう返した時、風が吹き花弁が舞ったらしい。写真に残したいほど幻想的で、お花たちに祝福されているようだったと、母はいつも嬉しそうに語るのだ。
「僕が産まれてからも、僕の体調のいい日はいつもと言っていいくらい来たよ。今みたいに座って、母さんが作ってきたサンドイッチを食べるの」
すごく幸せだった。
そう言ったきりAは顔を覆ってしまった。その時のことを思い出しているのだ。思い出とはそのためにある。
しばらくするとAは顔を上げた。
「最後に来たかったんだ、ここ」
今日来れたから、それでいい。もういつ死んでも構わない。
母との約束も、しっかり守った。
「この場所を悪魔に教えたかった。道、覚えておいて」
母との約束。
『大切な人ができた時、あなたもここを教えてあげるのよ』
人ではないけれど、優しくて変な悪魔。彼は僕の大切な人。僕のことを心配し、話を聞き、寄り添おうとしてくれる。だから彼になら、教えてもいいと思った。
ね、悪魔。
「――――忘れないでね」
この場所も、僕のことも。
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ルティン - はい!応援しています!また読みに来ますね! (2021年8月3日 18時) (レス) id: bdebe086bb (このIDを非表示/違反報告)
埋夜冬(プロフ) - ルティンさん» 嬉しい限りです!!この作品をこんなに好きになって下さりありがとうございます!これからもっと精進致しますのでよろしくお願いします! (2021年8月3日 16時) (レス) id: f9a8d8c7d5 (このIDを非表示/違反報告)
ルティン - この作品ほんとすごい!もう3回も読み返しています…!しかも期間を空けて!何度も読みたくなる、素晴らしい作品をありがとうございます!!これからも頑張ってくださいね!! (2021年8月3日 15時) (レス) id: bdebe086bb (このIDを非表示/違反報告)
埋夜冬(プロフ) - ゆきさん» うわぁぁ嬉しいお言葉ありがとうございます!!泣かせたかったので泣かせられたなら満足です(笑)最後までお読みくださりありがとうございました! (2020年7月11日 9時) (レス) id: f9a8d8c7d5 (このIDを非表示/違反報告)
ゆき(プロフ) - 一言いいですか?...神作者じゃないですか!?貴方様の小説最高すぎるんですよ?!思わず泣いちゃったじゃないですか!...以上、長文失礼致しました。 (2020年7月11日 9時) (レス) id: 1ca0293e4d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:埋夜冬 | 作成日時:2019年12月7日 8時