逆光カルペ・ディエム ページ44
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泥沼にも似た重たい眠りのふちから、ふ、と意識が浮上した。濁った頭の中が明瞭になるまでたっぷり数秒、仁王はゆったりと瞬きを繰り返す。
どうやら入れ替え戦の一戦目を戦い抜いてから後、疲労困憊でぐっすりだったらしい。あとの試合はどうなったのだろう。未だ相応の痛みを主張する右腕に障らないよう、ゆっくりと身体を起こして、そして。
「――……」
目の前の光景に、目を見開いて固まった。
ベッドの脇に椅子を置き、ひとりの男が腰かけている。ばたっと長い足を投げ出して、腕を組んでがくんと頭を俯かせて、微動だにしない。眠っているようだ。背にした窓から、傾いた陽が差し込んで、髪や耳元の金属をきらきらと光らせる。
神というものが存在するならば、きっとこの男は、その寵愛を一身に受けているのだろう。望みもしないのに。そう思わせるような。うつくしい。
「……A」
そっと呼んでみるも、彼は反応を返さない。
と、ふと組まれた彼の右手首に包帯が巻かれているのが目に入る。怪我? ゆっくりとその白い布に手を伸ばして――指が触れようかという瞬間、ベッド周りを覆っていたカーテンがジャッと引かれて、ぴっと手を引っ込めた。
「――起きたか」
顔を出したのは、
「跡部……」
「体調はどうだ」
「悪かないぜよ」
「そうか」
幾分かほっとしたように跡部は言った。彼の中に、仁王に無理をさせたという意識が多少なりともあったのかもしれない。こういうところ普段の高圧的な言動とは裏腹に、律儀な部分である。
「なあ、こいつ……」
「俺が来た時には、既にそうなっていたな」
「……プリ」
結局、この男がこの格好で眠りこけている理由はわからなかった。下を向く顔を覗き込んでみる。うっすらと開いた唇からは、かすかに穏やかな呼吸が漏れている。
「――そいつに、面倒をかけた」
と、跡部は言う。
「その礼をと思っていたんだが……まあいい。起きたら伝えておいてくれ」
「……気が向いたらの」
それでいい、と彼は笑った。短期間ではあるが、仁王の扱いにも幾分慣れたものだ。
踵を返し、ふたりを残して部屋を去る跡部。後日、彼から最高級のアクセサリーを贈られたAと、「お前人にアクセ贈る意味わかってんの!?」「知らないはずがねえだろ。もちろんただの礼だが」「こんな馬鹿高ェの付けられっか」「なんでだ、付けろ」という問答をすることになるのだが、それはまた別の話。
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角砂糖(プロフ) - 美琴さん» ありがとうございます!!(大声) (2020年3月11日 19時) (レス) id: 651af228bd (このIDを非表示/違反報告)
美琴 - 好きです(突然の告白) (2020年3月9日 20時) (レス) id: 0419c563a9 (このIDを非表示/違反報告)
角砂糖(プロフ) - 蘇芳さん» この作品を愛していただき本当にありがとうございます。この話の続編は、今の所はあまり考えていません。今非常に私生活が忙しく、それが一段落したら何か書きたいなとは思っていますので、いつになるかわかりませんが、もし気が向けばお付き合いいただけると幸いです。 (2020年1月30日 4時) (レス) id: 651af228bd (このIDを非表示/違反報告)
蘇芳(プロフ) - とても面白くて一気に読んでしまいました!もしもあるのなら続編楽しみにしています。これからも頑張ってください! (2020年1月24日 20時) (レス) id: ec6c109e68 (このIDを非表示/違反報告)
ピット☆(プロフ) - 角砂糖さん» そうです!覚えていてもらえて嬉しいです!!予定があるかはわかりませんが次の作品をお待ちしてます! (2019年11月20日 1時) (レス) id: f631e9f6d4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:角砂糖 | 作成日時:2019年3月18日 21時