夏恋 /ss ページ18
ドキュン、って。私はあの日恋に堕ちた。
一年前の七月の始め。この古いアパートでひそひそと生きてた私に、
「隣の203号室に引っ越してきた櫻井です。」
って、近所の美味しいケーキ屋さんのモンブランを持ってきてくれた彼に私は、一瞬で恋に堕ちた。
「おはよう、Aちゃん」
『あ…、おはようございます、櫻井さん』
彼がお隣さんになってもう一年。二度目の夏が訪れようとしていた。二つ歳上の彼が、いつの間にか敬語からタメ口に変わったのは、私の中では少しの進歩だったのだ。
「…、どっか、行くの?」
『え、あ…高校の同級生と久し振りにランチです』
「ああそうなんだ。」
「...男?」
櫻井さんの予想外の言葉に驚いて、私は思わず俯いていた顔を上げる。そこには少し照れたように頭を搔く彼がいた。
「あ、いや…ごめん。」
「いつもより…その、可愛かったからさ」
気不味くなったのか慌てて目線を逸らした櫻井さんから、ふわっと甘い香り。あ、これ櫻井さんの香水の匂いだ。
『え…あ、いや、女友達です。』
『男の子と交流あるように見えますか? (笑)』
「いや...あんまり(笑)」
「そっかそっか。ちょっと安心した。」
安心、なんて言葉。勘違いしちゃいそう。
『からかってますよね、私があまりにも男っ気無いからって!』
「ふ、違ぇよ。からかってなんか無い(笑)」
目尻を下げて優しく笑った櫻井さんは、片手で自分の部屋の鍵を開けた。
「引き止めちゃってごめんね」
『あ、いえ...私は全然』
「俺は家でのんびりしてるよ (笑)」
「……あ、」
中に入ろうとした櫻井さんの足が止まる。そして、何かを思い出したような顔で私を見つめて、
「あのさ、良かったらなんだけど」
ほら、またふわっと香水の香り。
「明日、うちにケーキでも食べに来ねえ?」
ドキュン、って。あの時と同じ、また恋に堕ちる音がした。
櫻井さんの左手には、あの日の美味しいケーキ屋さんの箱。モンブランもあるけど、って付け足した彼は、夏の太陽にも負けない笑顔で笑った。
『えっと...是非。』
「はは、よかった。じゃあ明日待ってる」
『はい!』
「ランチ、楽しんできて」
ひらひらと揺れた手のひらが扉の向こうに消えていくのを、私はぼうっと見ていた。いつぶりの、恋だろうか。古いアパートの廊下には、ただ甘い彼の香水の香りだけが残った。
end.
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ウタ(プロフ) - 愛梨さん» ありがとうございます!とても嬉しいです。励みになります。これからもマイペースに頑張ります! (2020年1月5日 18時) (レス) id: 2132398f2b (このIDを非表示/違反報告)
愛梨 - はじめまして。どのお話もとーっても面白くて大好きです。更新大変だとは思いますが頑張ってください。応援してます。 (2020年1月5日 14時) (レス) id: f7e12740e2 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ウタ | 作成日時:2019年1月31日 21時