いつかの彼をなぞって−�� ページ44
博士が灰原を呼びに行っている間、一行は居間に通され出された茶や菓子を堪能していた。
「…ちょっと遅くない？」
「確かにな」
「寝てるんでしょうか…」
「…寝てないわよ。お待たせ」
「哀ちゃん！」
寝巻き姿で相変わらず隈をこしらえた灰原の姿に安堵すると共に、三人は心配そうに灰原を見た。彼女の顔はどう見ても疲れ切っており、いつものクールさは疲弊のオーラへと変貌していた。
「心配かけたみたいで悪いわね。体調を崩しただけだから…」
「その…遥斗お兄さんの事で、でしょ？」
「…ええ」
「ねぇ、哀ちゃん」
吉田歩美は友である灰原哀の両手を包み込む。彼女の翠の瞳を見上げ、心を配る。
「――辛かったら、私達もいるから。だから…」
「………、ええ、ありがとう、吉田さん」
幾分かマシになった様子で、灰原は微笑む。目元の緩んだ灰原を見て安堵した三人は、いつもの調子を取り戻し始めていた。
「一緒にお菓子食べよ、哀ちゃん！」
「俺腹減ったー！」
「さっきから元太くんが一番お菓子を食べてるじゃないですか！」
子ども達の間に和やかな雰囲気が流れる。その光景を見て安堵した江戸川は、ホッと胸を撫で下ろした。三人を彼女の元へ連れてきた選択は、間違いではなかったのだと思えた。
――が、博士はただ一人、浮かない顔をして見守っていた。
「どうしたんだよ、博士」
それを訝しんだ江戸川は博士に尋ねる。彼は他には聞かれたくないのか、小声で江戸川と会話し始めた。
「ああ、いや…本当に哀君はこのままで大丈夫なのかと…」
「そりゃ確かに、まだ時間は必要かもしれねーけど…」
「…新一、ワシはたまに心配になって哀君の部屋を覗きに行くんじゃ。そしたら、哀君は暇さえあればスマホを見とるんじゃよ」
「スマホ？一体何を…」
博士は憂い気に視線を落とした。
「倉間君の――毒者の動画じゃよ」
「…」
「哀君は未だ、彼の死を受け入れとらんように見える」
江戸川の目から見て、今の灰原は数日前よりは気丈に見えた。しかしそれは、ただそう振る舞っているだけなのかもしれない。
(…なぁ、灰原)
安堵を占めていた江戸川の胸の内が、再び不安という霧に覆われた。
(もしお前がまだ遥斗さんの死を受け入れられずに、画面の中の遥斗さんに嵌っているのなら…)
江戸川は初めて、倉間の職業を呪った。
そのせいで、灰原に逃げ道を作ってしまったのだから。
(――その先はきっと、誰の為にもならねーよ)
現実逃避という、甘美な茨の逃げ道を。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 117人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
想世(プロフ) - みそらーめんさん» コメントありがとうございます。元ネタはとあるボカロ曲ですね。応援もありがたいです、色々と落ち着いたら更新頑張りたいと思います。 (2023年1月22日 9時) (
レス) @page46 id: 7931d7abb1 (このIDを非表示/違反報告)
みそらーめん - 元ネタの元ネタが人間失格、、、！何となく分かるような、、、？この作品、大好きです。体には気をつけて更新頑張ってください。 (2023年1月22日 8時) (レス) @page47 id: c05dcaa337 (このIDを非表示/違反報告)
想世(プロフ) - 早桃さん» コメントありがとうございます。気に入って頂けたのなら何よりです。これからも更新頑張らせて頂きます。 (2022年12月18日 18時) (レス) id: 7931d7abb1 (このIDを非表示/違反報告)
早桃 - やばいめっちゃ好き、、、！面白すぎて一気に読んじゃいました！！独特な世界観が個人的にツボです笑 これからも無理せずに更新頑張って下さい！応援してますぅぅぅ！大好き！ (2022年12月18日 17時) (レス) id: f9af42ef58 (このIDを非表示/違反報告)
想世(プロフ) - せいあさん» 再度コメントありがとうございます。自分でも驚きですが、名残惜しくも次作で本編完結となります。どうぞ最後まで楽しんで頂けると幸いです。 (2022年12月1日 21時) (レス) id: 7931d7abb1 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：想世 | 作成日時：2022年12月1日 18時
