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「やっぱり隠し通したなあ。」
病室を出た私は、苦笑を零して独りごちる。
彼は自らを『江戸川コナン』と名乗り、工藤新一の名は一切口にしなかった。
きっとあれは彼なりのケジメなのだろう。
そう思って逃げ道を用意したのも私自身。
原作でもああいった問いには必ず、あの名を名乗っていた。
「何者だ」という問いは、彼にとっては一種の枕詞のようなものだろう。
さて、ここからどうしようか。
安室さんにも会いたかったが、彼は此処とは別の病院にて療養中らしいとコナンくんから聞いた。
肝心の場所は知らないという。
まあ組織壊滅に際して負傷者も相当数出たことだろうから、ひとつの病院に全員詰め込むことは不可能だったに違いない。
「最後に会いたかったけどなー」
そう。
現在私は、イギリスへの移住計画を進めている。
これは元々父の提案だ。
母エミリアを死に追いやった組織を無事壊滅させられたなら、母の眠るイギリスの地へ赴き、そこで生涯を過ごしたいと父は話していた。
既に兄弟たちはイギリスで暮らしている。
篠崎家で会わないなと思っていたが、なんと海外に居たらしい。
当面はそちらに身を寄せる形になるそうだ。
父は私とともにイギリスに渡ることを強く希望していた。
滅多にない父のお願いだし、ちょっと思うところもあって、提案に乗ることにしたのだ。
思うところというのは勿論、安室さんのことである。
安室さんは確かに私のことを気にかけてくれていた。
憎からず思ってくれていたことだろう。
けれどその相手は、私であって私ではない。
前世を思い出していない頃の私なのだ。
前世を思い出してからの私は、今世の記憶こそ蘇りつつあるものの、その人格は別物。
人格とはその人固有の、人間としてのあり方。
すなわち人格が変われば、もう別人なのである。
だから私は、安室さんとの対面が怖い。
彼の思い出の中にあるメルローの人格は、もう存在しない。
今後蘇ることもないだろう。
その状態で何度も彼に会うことは、申し訳なくて出来そうもない。
安室さんは…いや、あえて言おう。
降谷さんは、多くの大切な人を失ってきた。
これ以上彼の手から大切な人を奪いたくはない。
だから『メルローの人格』はもはや存在しないという事実を悟らせず、『私』が生きているという事実を残して、私は彼から遠ざかるべきだ。
そう、思っていた。
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作者名:しま | 作成日時:2018年5月8日 23時