Sh21 ページ23
Aの恋人は引退してからも多忙で、いつ帰ってくるか分からない。ただでさえ遠距離恋愛なのに、こんな調子では先が思いやられるとAは小さくため息を吐いた。
「ただいま」
玄関のドアが開く音と共に和田の声が聞こえた。Aが玄関まで出迎えに行けば、そこには疲れきった様子の和田の姿がある。連日テレビの試合解説やら取材やらで彼はいつも忙しそうにしている。せっかくお互いに時間ができたのに、今はすれ違ってばかりの生活だった。
「ゲホ、ゴホッゴホ……ぅ、」
病は気からとはよく言ったものである。秋季キャンプが終わって家に帰ってきたはいいものの、風邪をひいてしまった。Aはゲホゴホと咳をしながら体温計を見る。38.4°Cという数字を見て、Aは再びため息を吐いた。手も汗ばんでろくに力が入らない。
「ゴホッ、ゲホゲホ……ッ!うっ」
こんな時に頼るべき和田とは冷戦状態にあった。数日前、少しだけ口喧嘩をしてしまい、いまだに仲直りできていなかった。
『……Aは最近、遠慮がないよね』
そう言われたことに納得してしまった自分がいた。情けない話である。三十路にもなって、一緒に住んでいる恋人のことすら気遣えずに風邪をこじらせて。
Aはズキズキと痛む頭に顔を顰めながら布団に潜り込んだ。スマホを開いて和田の名前を表示するも、連絡する勇気はなかった。
「ゲホ、」
先程よりも熱は上がっていて、このまま死んでしまうのではないかとAは思った。せめて和田に連絡くらいはするべきだろう、そう思うのに身体は鉛のように重いし、頭も割れるように痛い。
「ゴホ、ゲホッ」
咳が止まらずに息苦しくなり、生理的な涙で視界が滲む。頭の中では走馬灯のように今までの記憶が駆け巡っていた。
「ぅ、わださ……」
Aは弱々しく唸るとそのまま意識を失った。

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もか - はじめまして!usa426さんのお話が大好きです!リクエストなんですが、山岡泰輔選手で嫉妬するお話が見たいです。これからもがんばってください! (11月3日 8時) (レス) id: 47e8de0e02 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:usa | 作成日時:2024年8月23日 0時