* ページ25
*
坂田くんは数日後、無事退院した。
これ以上病院で出来ることがないらしい。しばらく様子見ということになった。
退院時、彼の元にはたくさんの彼の友人が駆けつけた。
ご飯食いに行こう、ゲーセンに行こう、カラオケに行こう。
坂田くんは友達に遊びに誘われていたけれど、全て笑顔一つと「今からデートやから!」という一言で跳ね除けていた。
初めて出会った場所。初デートの場所。私の家。私の実家。映画館。私が気に入っているアクセサリー屋さん。
数え切れないほどの思い出の場所を訪れた。
しかし、彼の記憶が戻るような気配はなかった。
今日は、比較的新しい思い出の場所にやってきた。
「ここ、って…」
「こっちだよ、坂田くん」
目を見開き、その建物を見上げる彼の手を引き、中へ入る。
奥へと足を進めるほど、奥からは賑やかな声が聞こえてくる。
あの日と同じような声が。
やがて建物を抜け、外に出た。
ちょうどその時、空にブーケが投げられていた。
「_けっこん、しき」
「私と坂田くんもね、ここで式を挙げたの」
「え…それって、」
半年前、私と坂田くん…いや、私も苗字が坂田だ。
私と悠くんは、半年前ここで式を挙げた。
私の両親と、悠くんのお父さん、そして私と悠くんの友達を集めて、この小さな式場で、しかし華やかな式を挙げたのだ。
「…何で、恋人やって言ったん」
「初対面の人にあなたの妻です、…なんて言われても信じられないでしょ?」
「それは…っ、そう、やけど」
彼は、それでも納得がいかないようだった。
眉尻を下げ、戸惑いの滲んだ顔で私を見つめていた。
…でも、まだ話すには早いから。
「さ、次行こ。どうしても、坂田くんと来たかった所があるの」
「…うん」
もう一度ぎゅっと彼の手を握る。
その手は、ひんやりと冷たくなっていた。
17人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
「歌い手」関連の作品
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ