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ゆっくり話すといい。
と、言われた。
正直、そんなこと言われたって、部屋にふたりきりにされたって、どうしようもないでしょ、って思う。
目を合わせて、語りかけて、手を握って、寄り添って、抱きしめて、キスして。
…そんなことしたって、彼が戻ってくるわけじゃないんでしょ。
実際、ふたりきりの病室だというのに、彼は目を合わせてもくれない。そるどころか、顔を背けてずっと窓の外に広がる、空の彼方へと視線を向け続けている。
悲しくなって、彼の赤髪すらも見たくなくて、顔を俯けたその時。
「_きみ、名前なんていうん?」
耳障りの良い、その声が風に乗ってゆったりと私に届いてきた。
「…っ、A。私の名前は、A」
「…A、かぁ。かわええ名前やね」
顔を上げると、そこには私に焦点を当てて、ふんわりと微笑む坂田くんがいた。
ひどく、懐かしい気持ちになった。
「Aは…俺とどういう関係やったん?」
「…恋人、だよ」
「そ…っかあ」
_じゃあ、辛い思いさせてもうたな。ごめんね。
柔らかい、白い手が私の頭に伸びてきて、ゆっくりと撫で始めた。
その感覚は、ひどく温かく。ひどく、現実的で。
涙を押し流すには、十分すぎた。
「俺、記憶取り戻したい。ちょっとしか話してへんけど、Aはええ子や…って、確信してる。不思議やろ?」
愛の力ってやつかな、なんて楽しそうに笑って。
数日前、あなたとデートした時の笑顔に重なって。
だめだ、本当に。
悲しくて、哀しくて、
「…Aと行ったとこに行って、したことをもう一回したい。そしたら思い出せるかもしらん」
「……」
「協力、してくれへん?」
何で、あなたにとって初対面の人に、そんな顔で、そんな声で、そんなことが言えるの。
私以上に苦しくて、不甲斐なさを感じているはずなのに。
「_うん」
私があなたにできることは、何ですか?
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