色恋戦線【ars K.N】 (ページ21)

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オレには、ルーティンと言うか習慣があった。

週末、日曜日。
時間は決まってないけど、必ず出掛ける場所。

ばあちゃんちに自分ちから本を何冊か持って来た時、天気が良かったから散歩してて見付けた店。
ずっと何になるんだろう...って思ってた古民家が、本屋併設のカフェになってた。

「花嵐堂...何て読むんだ？ハナアラシ？」

何気無く入って本を物色してたら、コーヒーの良い香りが漂って来て

さっき増えすぎた本をばあちゃんちに運んだばっかなのに、また文庫本を一冊買ってカフェのカウンター席でコーヒーを飲んだ。

適度にザワついていて静か過ぎない。
目の前の大きな窓からは、裏庭の緑が見える。

「あ、ねぇ」

ちょうど後ろを通ったスタッフに声を掛ける。

「はい？どうかしましたか？」

少し低めの声。
ニッコリ微笑む好青年は、ここの看板店員かもしれない。

「ここの店名、何って読むの？ハナアラシドウ？」
「あぁ、それよく訊かれるんですよ」
「もしかして『花に嵐の例えもあるぞ』」
「『さよならだけが人生だ』」

井伏鱒二の名訳を言い合い、フっと二人で笑う。

「僕も最初はそこから取ってるのかと思ったんですけど、違うんですよ」
「あ、そうなの？」
「『ガランドウ』って読むんです」
「ガランドウ？」

はい、って青年が楽しそうに頷いた。

「からっぽの器を用意してます。貴方の好きな物で、その中を満たして下さい...って意味で」
「へぇ...。ハハッ、オレそれ好きかも」
「僕も好きです」
「ごめんね、仕事中に」
「いえ、失礼します」

オレが花嵐堂を気に入るのに、時間はかからなかった。

毎週、花嵐堂に足を運び本を読みコーヒーを飲む。
それが、オレにとって次の一週間へと気持ちを切り替えるスイッチになった。

もうどれくらい通ってるか分かんない位、常連になって

飲むのは『本日のコーヒー』だけだって、スタッフの子達も覚えてくれて

花嵐堂で買った深緑色のカバーがかかった文庫本も、部屋の中にみるみる増えて行った。

もうそれは、生活の一部で。
何も変わらない空間で。

そしてこれからも、変わらないと信じ切ってた景色。

春一番が吹いたのは、いつだった？

確か、二月とかだっけ。

そのドアを開ける前に、ビュウっとオレの髪を撫でて行ったあの風は、じゃあ何だった？

恋風？

春。

甘えたような空気が、街全体を埋め尽くしてる。

変わらないと思ってた景色が、ぐるりと変わって見えたのは

そんな季節。