第六十九話「少女の望むもの」 ページ20
━━━━━━
━━━
━
心地の良い風が頬を通る｡
私は浜辺に座り込んで海を見つめる｡
────とうとう約束の日時となった｡
ザァッと波がさざめく｡
｢こんばんは､男装似合っていますよ｣
『……どうも』
彼は私の隣に座った｡
私は男装したまま浜辺に来ていた｡
『……もう少し離れてくれる？』
｢今宵は風が心地いい｡逢引にピッタリです｣
『……取引しない？鼠さん』
全く会話が噛み合わずそのまま時は進む｡
彼は期待の意を込めた瞳で私を見た｡
｢取引？｣
『私の異能を一度だけ遣わせてあげる｡その代わり……』
｢彼女の魂をその体に返して欲しいということですか｣
『……貴方なら可能でしょう？』
彼はうっすらと微笑んだ｡
｢貴女の意思は固いようですね｡いいでしょう､但し……｣
彼の顔がぐっと私に近付く｡
私は驚いて声も出せずに彼の顔をじっと見詰める｡
｢取引は結構です｣
『……それを私が信じるとでも？』
｢僕は少なくとも貴女に少し興味があります｡なので貴女の望み通りに……｣
『そうやってあの子を誑かしたのね｡十分理解した』
彼は目を丸くして私から離れた｡
彼の言葉は全て信じてはいけない｡
｢考えが変わりました……これをどうぞ｣
小さい瓶を手渡された｡
『考えが変わったって何？……それと随分と用意周到だね』
｢鼠は何処にでもいますから､貴女の行動も判ります｣
『猫に喰われればいいのに』
瓶をじっと見て蓋を空ける｡
『ドストエフスキー､私は一つだけ貴方に感謝してる』
ゴクンッと瓶の中身を飲んで海を見る｡
『……私にこの世界を見せてくれてありがとう』
すっと目を瞑る｡
意識が遠のいていく｡
｢……如何して？｣
聞いた事のある声が聞こえた気がした｡
心地の良い風が吹いた｡
彼は隣で眠る少女を見つめる｡
｢────貴女は恐れたのですね｣
ザァッと波がさざめく｡
｢────この世界､生きる意味､そして……自分自身に｣
そっと少女の頬に触れる｡
｢СДнем рождения.｣
その声は波にかき消され誰の耳にも届かなかった｡
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 679人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：らしろ | 作成日時：2020年8月10日 1時
